-side 田島亮-

 元日に岬さんから送られてきたメッセージは、新年を祝う類のものではなかった。

『田島くんって市村さんとどういう関係なの?』

 いや、あのー、岬さんが新年早々にこんなことを聞いてくる意味が分からないんですけども。まあ、仁科には2人でいるところを見られたから、こういうことを聞かれても不思議はなかったよ? でも、この子に関してはマジでこんなこと聞かれる理由が思いつかないんだけど。

 ま、まあ、いい。まずはとりあえず返信するとしよう。

『えーっと、なんで急にそんなことを俺に聞くのかな?』

『いや、田島くんが市村さんをおんぶしてるところを偶然見ちゃって.......』

 グハッッ!

 え? あれを見られてたわけ? 岬さんに? なにそれ。想定外にも程があるんだけど。

 って、ちょっと待てよ。これって仁科の時より、よっぽどややこしい状況になってね?

 うん、これは次学校で会った時に弁明するとか流暢なことを言ってる場合じゃないな。なんか今すぐ誤解を解かないと、もっとややこしくなる気がする。

『いやいや、俺と咲はただの幼馴染だよ。それ以上でもそれ以下でもないさ』

『でも.......普通幼馴染をおんぶして帰るかな?』

 この子、意外と食い下がるのね。

『はは、アレは咲が靴擦れして歩けなくなってたから仕方なくおぶっただけだよ』

『あ、なるほど、そういうこと...』

『納得してくれたかな?』
 
『うん、突然変なこと聞いてごめんね.......』
 
 良かった。誤解は解けたみたいだな。

 だがしかし。ここで俺には、とある疑問点が思い浮かんだ。

 まあ、疑問点と言っても、岬さんが俺と咲の関係を知る必要ってあるのか?っていう些細なことなんだが。でも俺と咲の関係性が岬さんに与える影響なんて、あまり無さそうなものだからな。そこは少し気になるところではある。

 よし、ちょっと岬さんに聞いてみるか。

『あのさ、岬さんはどうして急にそんなことを聞いてきたの?』

『あ、えっと、それは.......』

 ん? なんか歯切れが悪いな。

『お、女の子は他人の恋愛に興味がある生き物だからだよ!』
 
『あー、だから俺と咲の関係が気になったってこと?』

『そうそう、そういうこと!』
 
 そ、そんな理由なのか.......
 
 でも普段は物静かな岬さんも、そんな俗物的なことを考えるたりするんだな。なんか意外だわ。

『まあ納得したよ。なんか追求するような真似をしてごめんね』

『いやいや! 田島くんが謝ることないよ! 急に変なこと聞いたのは私だし!』

『そっか。それなら良かった。じゃあ、また始業式の時に学校で会おうね』

『うん! また学校で!』

 ふぅ.......一応岬さんへの対処も完了だな。なんか岬さんの意外な一面を垣間見た気がしたわ。

 

-side 岬京香-

「はぁ.......絶対変だって思われたよね.......」

 田島くんとのやりとりを終えた私は勉強机に座って頭を抱えていた。目の前の宿題を進める手が完全に止まっている。

 いやー、『女の子は他人の恋愛に興味がある生き物なんだよ!』は言い訳として無理があったでしょ.......ていうか普段の私なら絶対そんなこと言わないし.......

 でもあの時は無理にでも言い訳をするしか無かったのよね。本当のことを伝えるわけにはいかなかったし。


 ――だって.......『田島くんのことが気になってるから市村さんとの関係を知りたかった』なんて言えるわけないじゃない。


 田島くんが家に来たあの日から、私は田島くんのことがずっと気になっていて。気づけば教室で彼のことを目で追うようになっていて。最初は私の命を救ったヒーローだから一時的にかっこよく見えていて、そのせいで彼のことが気になるだけって思ってたんだけど.......でもそれはきっと違うんだよね。

 だってあの日以来、私の心には変化が生まれたんだもの。

 田島くんが仁科さんと話しているのを見ると、なんだか胸がモヤモヤなるようになった。

 --以前は仁科さんと仲良くしているのを見ても何とも思わなかったのに。

 今日、田島くんが市村さんをおんぶしているのを見た時、胸がズキッと痛むような感じがして苦しかった。

 --こんな感覚なんて、今まで味わったことなんてなかったのに。

 それにあの日から2ヶ月経ったはずなのに、田島くんがあの日に見せてくれた優しい笑顔をまだ忘れることができなくて。今でもあの笑顔を思い出すと胸が熱くなってしまって.......私は、また彼に近づいてあの笑顔をまた見たいと願ってしまう。

 そして私に起きた最大の変化。それは田島くんに私のことを知ってほしいと思い始めたことだ。

 お互いを理解し合ってもっと深い関係になりたい。もっと私のことを見てほしい。もっと私のことを考えてほしい。そんなことばかり考えるようになって.......

 ああ、そうか。やっぱり、そうなんだ。今までは気づかないふりをしてたけど.......




 ――好きになっちゃったんだ。



 きっと一目惚れだった。あの日、あなたが見せてくれた優しい笑顔に.......私は恋をしてしまったんだ。

 いや、もしかしたら事故から助けてくれたあの瞬間から好きになっていたのかもしれないわね。

 私を車から庇ってくれた、あの瞬間から。

 きっと今まではこの気持ちから目を逸らしていただけ。叶うのかわからない恋をするのが怖くて逃げていただけ。だから、恋愛感情を無理やり友愛感情だと思い込いんでいただけ。

 でもあの日から2ヶ月間田島くんといっぱいメッセージを交わして、私は彼がどんな人間なのかを知ってしまった。

 今まで人を避けていて話題を提供するのが苦手な私に面白い話をいっぱい聞かせてくれたし、会話が苦手な私に対しても呆れずに優しくしてくれた。

 それに学校で会話するのではなく、メッセージで私とコミュニケーションをとろうとしてくれるのは、人目が苦手な私への気遣いなんだと思う。

 そんな田島くんの優しさを知ってしまった私は.......気づけば彼のことばかり考えるようになってしまった。

「でもこのままじゃダメよね.......」

 確かに自分の心を理解して1つ前へ進むことができたけど.......田島くんに好きになってもらうためにはもっと距離を縮めないといけないわよね。そのためには学校で会話したいけど、皆の目が怖い..........



「はぁ.......私、どうすればいいんだろう.......」

 
 



-side 田島亮-

 本日は1月8日。元日は色々あったが、それ以降は特に何も無い平穏な日々を過ごし、始業式の日を迎えた。今日から3学期である。

 たまーに"1年生の3学期"を"2年生の0学期"とか言う先生がいるが、どうも俺はそんなことを言っちゃうような先生は好きにはなれない。せめて3月までは1年生でいさせてくれってんだよ。学年が上がるという現実を見たくないんだよ。

 というかこんな寒い中、学校に行かなければならないという現実すら見たくない。コタツぬくぬくエブリデイだった冬休みに戻りたい。

 と、そんな具合で取るに足らないことを考えつつ、通学路をのらりくらりと歩く。まあぶっちゃけ、このペースだと遅刻する可能性が高いんだけどな。しかし新学期早々に遅刻で怒られるのはしんどいものの、今から急ぐのもそれはそれでしんどい。なんということだ。まさにデッドロック状態じゃないか。

 そうしてダラダラと歩いていると、気づいた時には校門が見えてきていた。

「おい、急げ田島! 予鈴まであと1分だぞ!」

 校門前に待機しているのは、皆さんご存知柏木先生。どうやら大声で俺を呼んでいるようだが、もしや彼女は俺に愛を叫んでいるのだろうか。(絶対違う)

「おはようございます先生。あけましておめでとうございます」

「ああ、あけまして.......じゃなくて急げ田島! 予鈴まであと1分だと言っているだろ!」

「いやいや、急いでも意味ないっすよ。だって俺、走れませんもん。今から教室に向かっても確実に遅刻ですよ」

「そ、それはそうだが.......」

「つーか、先生はなんで校門前にいるんです?」

「いや、なに。始業式の日は遅刻者が多い傾向があるからな。校門前に教師が立って遅刻者に直接注意をすることになっているんだよ」

「あー、なるほど。それで今日は柏木先生が担当になったというわけですね」

「そういうことだ.......って、お前はここで呑気に私と話す暇ないだろ! 遅刻だぞ!」

「はいはい、分かりました分かりました。教室に行きますよ。はは、教室に行く前にかわいいかわいい柏木先生に会えて良かったです」

「っ! お、お前! 今年はそういう冗談を少しは減らせよ! 怒るからな!」

「善処しまーす。それじゃ、また後で会いましょー」

「おい! お前全然聞いてないだろ!」

 いやー、奈々ちゃん先生は年が変わっても照れ屋で顔真っ赤っかで可愛かったな。うん、今年も時々怒られに行って癒されるとしよう。

 そして柏木先生のおかげで憂鬱な気分が少し晴れた俺は、いつもより少し軽い足取りで教室へと向かった。




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 教室に入り、いつも通りに着席。すると、やはり予想通り、俺の後ろの席からは聞き慣れた声が聞こえて来る。

「おっす、亮。なんだよ、お前。学期始めからいきなり遅刻かよ」

「おっす、翔。まあ、今日は柏木ちゃんが校門前にいたし、多分朝のHR無しだろ? それに始業式まではまだ時間があるからな。まあ遅刻はしたけど、ノーカンだろ」

「.......ところで亮、お前が席に着いてから仁科がお前の方をずーっと見ているのだが」
 
「み、見てないし! うるさい新島!」

「? 仁科? 俺に何か用か?」

「ね、ねぇ田島? そ、その.......アンタ、私に何か言うことあるんじゃない?」

「ん? 言うこと?」

 はてさて、なんのことやら。パッと思い当たる節は無いんだが。

「あー、もういい! 田島、ちょっとこっち来て!」

 そう言うと、いきなり席を立った仁科は、俺の学ランの襟を掴んできた。

「え、ちょっと仁科!? 急にどうしたんだよ! てか、苦しいんだけど! 息できないんだけど! 離して欲しいんだけど!」

「.......ほほう、お二人とも朝からお熱いようで」

「うっさい、新島!」

「うわ! 仁科! 襟引っ張らないでくれ!」

 そして、なぜか俺は仁科から襟を引っ張られたまま、半強制的に教室の外へと引きずり出されてしまった。

「.......」

「.......」

 なす術もなく廊下に引きずり出された俺。そして、そんな俺の顔をじーーっと見てくる仁科。

「ねぇ、田島? 始業式の日に市村さんとの関係を教えてくれるって話だったよね? まさかとは思うけど、忘れてたわけじゃないよね?」

「.......」
 




 あ、あはは.......そういえばそんなこともありましたね.......