-side 田島亮-

 本日は1月1日。年も明け、ただ今絶賛冬休み中。

 つっても冬休みだからって特に何かをしたわけでもないんだけどな。まあ強いて言うなら、一応12月25日に野郎共とウチでクリスマスパーティーをしたんだが。でも、まあ冬休み中にあったイベントなんてそれくらいのものだ。

 ちなみに世間は新年ムード一色であるが、田島家はいつもと別段変わることはない。まあ変わったことがあるとすれば、単身赴任で普段家にいない父さんが帰って来ていることくらいだろう。

 うん、でもやっぱ冬休みっていいよな。リビングでこうしてコタツに入ってゆっくりしてるだけで、なんだか幸せな気分になれるんだからな。

 俺以外の家族は初詣に行っていて、今のウチには俺1人。俺以外の3人はどうやら受験生である友恵の合格祈願に行ったみたいだが......まあ、そんなに真面目に勉学に励んでいない俺が妹の合格を神に願っても意味はないだろう。むしろ逆効果説まである。

 いやー、それにしても1人でコタツを占領できるってのは最高だな。友恵に足を蹴られることもないし、肩までコタツの中に入ることができる。うむ、これぞまさに怠惰の極みだな。

 うーん、なんか体がポカポカして眠くなってきたし、今年は寝正月にするか。

 はい、つーわけで俺は今から寝る。よし、じゃあおやすみ...

 と、眠りにつこうとした時だった。


 ピンポーン


「えぇ......元日の昼間に誰だよ......」

 突如鳴り響いたインターホンに反応し、身体を起こす。

 うーん、正直、このまま寝ていたいところではあるが......さすがに居留守を使うのは流石にマズイよな。クソ、仕方ない。ここは重い腰を上げて玄関に向かうとしますか。


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 そしてすぐさま玄関に到着。雑に戸を開けつつ、訪問者の顔を覗いてみる。

「えーっと、どちら様ですか......って、えぇぇ!?」

「な、何よ! そんなに驚かなくてもいいじゃない!」

 なんと......新年早々に昼間から田島家を訪れた人物の正体は、着物姿がよく似合っている市村咲だった。


-side 市村咲-

 〜5時間前〜

 朝7時。いつもより少しだけ早く目覚めた私は、結局お見舞いに行って以降、亮とまともに話すこともなく新年の朝を迎えてしまったという事実に気づいてしまった。

「はぁ......今年はもっと亮に近づきたいなぁ......」

 と、新年早々にベッドの上で力無く自分の願望を呟いた時だった。

『咲さんあけおめ! 今年もよろしくねっ!』

 ピロリン、という通知音とともに届いたのは友恵ちゃんからのメッセージたった。

 そして通知画面を見た私は『相変わらず律儀で良い子だなぁ』なんてことを思いつつ、すぐさま彼女に返信をしてみる。

『うん! 今年もよろしくね、友恵ちゃん!』

『あー、それで突然なんだけどさ! 咲さんって今日は何か予定があったりするかな?』

 ん? 予定......? どうして急にそんなことを......

『えっと、特に予定は無いけど......急にどうしたの?』

『いや、もし咲さんに予定が無いんだったら兄貴を初詣にでも誘ってみるのもアリなんじゃないかなーと思って』

 えぇ!? 急に!? そ、そりゃあ私も亮と初詣行けたら嬉しいけど......

『で、でも......私、また何かやらかしそうな気がするんだよね......』

 ここ最近で色々な失敗を経験し、私は少し自信喪失気味になっている。正直なところ、今は亮と関わるのが少し怖いっていうのが本音だ。

『ふふ、大丈夫だよ、咲さん。今日は咲さんがやらかさないように私からアドバイスをしてあげるから』

 と、友恵ちゃん...! なんて頼りになる子なのかしら...! 

『そ、それで友恵ちゃん? アドバイスっていうのは具体的にはどんな感じなのかな...?』

『うーん、今回私が咲さんにできるアドバイスは2つくらいかな』

『2つ......?』

『そう、2つ。はい! というわけでアドバイスその1! 咲さんは全力で素直になること!!』

『えぇ、それが一番難しい気がするんだけど......』

『いやいや、心配しなくても大丈夫だよ。だって、ほら。咲さんはさ? 兄貴にキツく当たり過ぎるのが普通の状態になってるでしょ?』

『え? まあ、それはそうだけど......』

『だからさ、多分今の咲さんは素直になり過ぎるくらいの感覚でちょうどいいと思うんだよね』

『? ちょうどいいとは...?』

『えっと、それは、うん。なんかキツイ態度がそこはかとなく良い感じに打ち消されて、ツンとデレの割合がちょうどよくなるんだよ、多分』

『そ、そんなものなの......?』

『うん、多分そんな感じ!!』

 ほ、ほんとうにそれで上手くいくのかな......?

『よし次! アドバイスその2! 咲さんは兄貴を着物で迎えに行くこと!!』

『え、えぇ!? なんで!?』

『ほら、兄貴はまだ咲さんのことを恋愛対象として意識してないっぽいじゃん? だからまず咲さんは、自分が女の子だってことを積極的にアピールしないといけないと思うんだよね。それに咲さんって着物めっちゃ似合うからさ。結構良いアピールになるんじゃないかなー、と思うの』

『なるほど......』

 た、確かにそれは一理あるわね。まずは恋愛対象として見てもらわないとね......

『はい! というわけで咲さんはお昼にウチに兄貴を迎えに来てあげてね。多分家に1人で居るはずだから』

『え? 他のご家族は居ないの?』

『うん、居ないと思うよ。家族で初詣に行ってるから』

『え、じゃあ亮も居ないんじゃ......』

『いやー、なんか兄貴って毎年毎年仮病を使ってまで家に残って、断固として初詣に行こうとしないんだよね。まあ、バレバレの仮病なんだけどさ。無理に連れ出すのも面倒だから毎年家に置いていってるのよ。だから今年も昼間は1人で家に居るんじゃないかなぁ』

『あー、そういうことね......』

 いや、亮......アンタ、どんだけ外に出るのをめんどくさがってるのよ......

『よし! じゃあ咲さん、がんばってね!!』

『うん、私なりに頑張ってみるね! ありがとう、友恵ちゃん!』
 
 やっぱり友恵ちゃんが私のことを応援してくれているのは本当にありがたいなぁ。ほんと、友恵ちゃんには感謝してもしきれないよ。

「よーし! 友恵ちゃんの助力を無駄にしないためにも、今日は頑張らないとね!!」

 .......と、まあそういう経緯があって、私はお昼に田島家を訪れることになったのです。


-side 田島亮-

「い、一緒に初詣に行ってあげてもいいわよ」

「......ごめん、もしかしたら聞き間違えたかもしんないからさ。もう一回言ってくれない?」

 玄関の扉を開けた瞬間、とんでもないことを言い放った咲。もしも俺が聞き間違えているのではないのなら、現在、俺は女の子から初詣デートに誘われているということになる。

 え? でも、これって俺の聞き間違いだよな? いや、だって咲とは4ヶ月くらい会話してないんだぞ? さすがにちょっと飛躍し過ぎじゃね?

「は、初詣に一緒に行こうって言ってるの!」

「お、おう......マジか」

 聞き間違いじゃあないみたいだな。

 しかし、この子は急にどうしたんだんだろうか。いや、まあ可愛い幼馴染から初詣に誘われているのは、嬉しいことこの上ないけど......でもやっぱり急展開過ぎてちょっと怖いわ。

 まあ、でも......特に断る理由もないか。

 咲が見舞いに来た時は『ほんっと、亮って最低!』って言って急に病室を出て行っちゃったもんだから、てっきり俺は咲から嫌われているのかと思っていたし、だからこそ俺は今まで咲との距離を詰めようとはしていなかった。でも向こうから距離を詰めようとしてくれるなら、俺がそれを拒む理由は無いよな。

「も、もしかして私と行くのは嫌かな......?」

 俺が考え込んでいると咲が不安そうに声を掛けてきた。

 って、え、ちょっと待って。不安そうにしている咲とか初めて見たんだけど。え、なんなんだろ。人が弱気になっている様子を見てこんなことを思ったらいけないんだろうけど、シュンとしてる咲っていうのは、なんか新鮮で、こう、子供っぽくてかわいいというかなんというか。

 ふむふむ、なるほど。これが俗に言うギャップ萌えってやつか。萌え、萌え、キュン! うっわ、俺キモッ。

「亮......? もしかして亮は私のことが嫌いなの......?」

「そ、そんなわけないじゃないか! 一緒に行こう! 初詣! 今から上着取ってくるからちょっと待っててくれな!」

「や、やったぁ......!」

「......ん? 今何か言ったか?」

「! べ、別に何も言ってないわよ! いいから亮は早く上着取ってきてよ!」

「へいへい、わかりやしたわかりやした」

 うーん、やっぱ咲ってよく分かんねぇな。弱気になったと思ったら、今度は急に怒ったりして。なんというかこう......なかなか掴めない子だな。


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 部屋から上着を回収し、咲と共に歩いて近所の神社に向かう。ちなみに以前友恵から聞いた話によると、今俺たちが向かっている神社は全国的に有名な観光スポットらしい。今も道を歩いている人が結構多いからな。多分友恵の話は本当なんだろう。

「な、なんつーか、人多いな...」

「そ、そうね......」

「...」

「...」

 ねぇ、どうしよう。家を出発して以来、咲との会話が全然弾まないんだけど。

 いや、でもしょうがなくね? だって咲と話すのって4ヶ月ぶりなんだぜ? そりゃ俺のコミュ力が無いのも問題なのかもしんないけど、共通の話題とか全然ねぇんだもん。

「...」

「...」

 あー、うん。しかしこうして隣を歩いている咲を見てみると、着物がめちゃくちゃ似合ってるってのがよく分かる。さっき玄関に居た時は、急に誘われて驚きっぱなしで気づかなかったけど......なんか"ザ・大和撫子"って感じがして本当に綺麗なんだよな。

 よし、ここは素直に褒めておくとしよう。

「な、なぁ咲」

「ん? な、なに?」

「え、えっと......そ、その着物似合ってるな!」

「! そ、そう?」

「ああ、すげえ似合ってるよ」

「あ、ありがとう......!」

「......あ、でも確か、着物が似合う人って胸が...」

 『控えめ』と言いかけたところで咲から強烈に冷たい視線を向けられた。目がその先を言ったら殺すと訴えている。

「す、すみません......」

「フン、まあ、いいわ。ほら、着いたわよ」

 そうこうしているうちに目的地の神社に到着。有名スポットだと聞いていたが、思っていたより小さい神社のようである。

 門をくぐって敷地に入ると、神社の中は大勢の人であふれかえっていた。やはり新年というのは特別なものなのだろう。敷地内は老若男女、幅広い層の人々でごったがえしている。

 まあ、実を言うと俺はこういう人混みが苦手だったりするんだが......

「ん? 咲? どうしたんだ?」

 一通り敷地内を眺めたので、何気なく隣の咲の方に目をやってみると、彼女の視線が敷地内の1つの場所に固定されているのが見えた。

 不思議に思った俺は、何を見ているのかと思って視線の先を辿ってみる。すると.....,

「あー、なるほど。そういうことね」

 咲の目線を辿った先にあったのはおみくじ売り場であった。この様子を見る限りだと、咲は自分の今年の運勢に相当興味深々のようである。

「なぁ、咲。お参りする前に1回おみくじ引いとくか?」

「! そ、そうね! 神社に来たらまずは新年の運試しから始めるべきよね!」

 はは、咲さん、今日イチの笑顔。おみくじ好きなのね。

「よし、じゃあ行くわよ亮!」

「あ! おい咲! 人多いから走ると危ないぞ!」

 と、全力で呼びかけたが俺の言葉は咲に届かない。咲ちゃん、おみくじ売り場に向かって一直線。

「しゃあねぇ。追いかけるしかないか」

 と思って咲の方へ足を向けた時だった。



「お、田島じゃん! こんなとこで会うなんて奇遇だね!」

 突然背後から声が聞こえたので後ろを振り向いてみる。するとそこには私服姿の仁科唯とクラスメイトの女子2人が立っていた。

「え、田島ってもしかして1人で初詣来てるの? ウケるんだけど!」

「確かに意外かも。なんか田島くんって友達と来てそうなイメージあったなぁ」

「うんうん、そうだよね。ねぇ、田島くん。新島くん達はここに来てないの?」

 え、いや、あのー、3人立て続けに喋るのはやめてくれませんかね。あと2番目と3番目に話しかけてくれた子たちとは全然喋ったことないんですよね。今急に話しかけられても、ちょっと対応に困っちゃうんですよね。

「亮ー! なにしてるのよー! はやく来なさいよー!」

 うわ、やっべ! 咲ちゃんが大声出しながらコッチに引き返してきてるっぽいぞ!?

「え? 市村さん...? え、じゃあもしかして田島って......市村さんと初詣に来たの?」

 こちらに近づいてくる咲を見て唖然としている仁科。

「はぁ......はぁ......何やってんのよ亮! 遅いじゃない! ...って、え? な、なんで仁科さん達がここに......?」

 そして10秒も立たないうちに咲さんは俺の元へとカムバック。神社入口付近にて幼馴染と女友達が鉢合わせした瞬間であった。

「ね、ねぇ田島。アンタって今日は市村さんと2人で初詣に来てたの......?」

「え、えーっと、それは、その...」

 咲と2人でここに来たというのは事実。だがそれを素直に口にしてしまえば、俺と咲の関係性を仁科達が誤解するというのは自明の理だ。ここで下手を打てば後々ややこしい展開になるかもしれない。

 だがしかし。このまま黙っていても不穏な空気になっていくというのも自明の理。2人で来たことをさっさと認めた方が良いというのもまた事実なのである。

 そう。つまり今の俺は『この状況を簡単に弁明することはできない。しかし、早く弁明しないと空気が凍り付いていく』というデッドロック状態に陥っているのである。

 



 ......あ、あのー、神様? 賽銭ならいくらでもくれてやるんで、とりあえずこの状況をなんとかしてくれませんかね?