-side 仁科唯-
11月8日。それは私にとって嬉しいことと、悲しいことが同時に起こった日だった。
嬉しいこととは、田島がついに学校に来たこと。記憶喪失になったって聞いた時は正直かなり落ち込んでいたけれど、今日実際に会ってみると、人柄とか性格とかは全然変わっていないみたいで安心したし、すごく嬉しかった。
そして、悲しいこととは田島が駅伝部を辞めてしまうこと。私と田島と新島は駅伝部の特待生として入学して以来、『特待生おバカ3人組』として入学当初からずって仲良くしてきたからね。3人で苦しい部活の練習を励ましあって乗り越えたり、試合後に帰り道の途中で買い食いしながらバカな話をしたりしていたの。
そんな、取るに足らないけどかけがえのなかった日常。その時間を3人で過ごすことができなくなるのがとても悲しかったな。
それに......田島とは同じクラスってことに変わりは無いんだけど、部活で会えなくなっちゃったら話す時間が絶対減っちゃうと思うんだよね。うん、それはやっぱり嫌かな。
--だって私は、田島のことを異性として少しだけ意識しちゃってるから。
まあ、入学したばかりの時はそんな風に思ってなかったし、ただの友達だと思ってたんだけどね。
でも...... 夏休み最終日に起きた『とある出来事』がきっかけで、私は田島のことを友達ではなく男の子だと思い始めるようになったの。
------ーーー-----------------
夏休み最終日の8月31日。いつも通りに駅伝の練習をしていた私には、いつものように女子の先輩たちのヒソヒソ声が聞こえていた。
「フン、1年のくせにちょっと足が速いからって調子にのっちゃって」
「どうせ、『走ってる私かわいいー』とか思ってるんじゃないの?」
「ほんと、1年のくせにレギュラー入りするなんてさ。監督に媚でも売ったんじゃないの?」
そう、この日の私はいつも通り先輩たちにコソコソと悪口を言われていたのよ。やっぱり女子ってさ、周りに気づかれないように陰湿にイジメをする生き物なんだよね。
--そして当時の私は練習を終えると、いつも誰も居ない体育館裏に行っていたの。
「うっ......ぐすっ......あんなこと言わなくてもいいじゃないっ!」
そう。私は練習が終わった後は、いつも誰にも見られない体育館裏で1人で座り込んで泣いていたのよ。周りの人はなかなか気づいてくれないけど、私って結構傷つきやすい性格なのよね。まあ、その時の私は傷ついて泣いている姿を誰にも見せたくないと思っていたから、このことは誰にも言わなかったんだけど。
--だって私は昔から『明るい性格で人気者の仁科唯』っていう仮面を被って生きていたんだもの。
私は......仮面を外すのが怖いの。きっとこの仮面を外して素顔の私を見せたら、皆離れていってしまうって思っちゃって。私の周りに居る人達は『人気者の仁科唯』を好いていてくれるのかなー、とか思ったりしちゃうのよ。
まあ、そういうわけで私は臆病で泣き虫という本性を人に見せるわけにはいかなかったのよね。
--でもその日、私は初めて他の人に"弱い私"を見せることになった。
「あー、漏れる漏れる! うーん、まあ、ここなら立ちションしていいだろ! ってうわ、やっべ! 人居るじゃん!」
「え? 田島? なんでこんなとこに...」
練習終わりの体育館裏。そこに初めて私以外の陸上部員が訪れた瞬間だった。
「なんだぁ、仁科だったのか......って、え? お前、もしかして泣いてるのか......?」
「あ! い、いや! こ、これはその......!」
突然泣いている姿を見られて動揺した私は、ただただ慌てふためくことしかできない。
「よっこらせっと」
するとそんな私の様子を見た田島は、突然私の隣にドカッと座ってきた。
「え、えっと......田島?」
「まあ、その、なんだ。とりあえず何があったのか俺に話してみろよ。力になれるかは分からないけど、話くらいなら聞いてやれるからさ」
私から目線をそらしつつ優しく声を掛けてきた田島。どうやら彼は意識的に私の泣き顔を見ないようにしてくれてるみたいだ。
「......う、うん、わかった。じゃあ、正直に話すね。あ、でも......今から話すことは誰にも言わないでよね?」
見られてしまったものはしょうがないと思った私は、変に言い訳をしても余計ややこしくなると思い、正直に全てを田島に話すことに決めた。
「オーケー、約束は守る。今日これから聞くことは絶対誰にも言わねぇよ」
「わ、分かったわ。じゃあ早速なんだけどね、実は私......」
そして私は女子の先輩たちから入学以来四ヶ月に渡って陰湿なイジメを受けていること。その辛さに耐えきれなくて体育館裏でコッソリ隠れて泣いていたことを田島に正直に打ち明けた。
「うっわ、そりゃひでえ話だな......」
「い、いいのよ。もう慣れたから......」
「バーカ。泣くのに慣れる、なんて話があってたまるかよ。傷つくことに慣れちゃダメだろ。お前は何も悪いことはしてないんだから」
「そ、それはそうだけど......」
「まあ......でも今まで仁科はよく耐えたと思うよ。1人で4ヶ月も抱え込むなんて辛かったよな。お前は本当によくがんばったよ。そ、その......気づいてやれなくてごめんな。俺がもう少し仁科のことを気をつけて見ておくべきだったよ」
「うっ......田島ぁ.......ぐすっ......!」
「あー、ごめん! ごめん、仁科! 別にお前を泣かせるつもりじゃなかったんだ! え、えっと......やべ、こういう時ってどうすればいいんだ......」
ああ、きっと私は心のどこかでずっと誰かに慰めてほしいと思っていたんだろう。
頑張っている私のことを褒めて欲しくて。ずっと辛いことに耐えている私を励まして欲しかったんだと思う。
でも、4ヶ月間そんなことなんて1度も無くて。それが辛くて辛くてしょうがなくて。
--だからこの時の私は、田島の優しい言葉が嬉しくてたまらなくて、思わず泣いちゃったんだと思う。
「え、えっと、なんかゴメンな仁科。まあ、その、アレだ。泣かせちまったお詫びに一つアドバイスしてやるからさ、それで俺を許してくれないか?」
「え...? アドバイス...?」
「ああ、アドバイスだ」
すると田島は1度咳払いをし、息を大きく吐いてから真剣な表情で語り始めた。
「いいか、仁科? お前はそんな先輩たちのことなんて気にする必要は無いんだ。あの人達はお前の才能に嫉妬しているだけだからな。あの人達は『練習を真面目に頑張っている仁科だからこそ才能を発揮できている』ってことに気づきもせず、お前にイチャモンをつけるようなダメな人達なんだよ。はは、ホント笑っちまうよな。お前より練習を頑張ってない人達がお前の才能を妬む資格なんて無いはずなのにな」
この時、普段は温厚な田島は、珍しく怒ったような口調で話していた。
「だからまあ、お前は先輩たちにこう言ってやればいい」
すると、私と目線を合わせてきた田島は最後に言い放った。
「私の才能に嫉妬している暇があったらもっと練習したらどうですか? って言ってやれば良いんだよ!」
「......ふふ、面白いわね。言ってやろうじゃない」
田島の強気な言葉に励まされて、なんだか自分もちょっと強気になれそうな気がした私は、笑顔で田島の言葉に返答した。
「よし、言ってやれ言ってやれ。はは、先輩たち絶対ビビるぞ」
「ふふ、そうよね! 言われるばっかりじゃダメよね!」
「ああ、そうだ! 1回ぐらいガツンと言ってやれ!!」
「は、ははは......」
「ふふ、うふふふ......」
「「あはははは!!!」」
そして、なんだか何もかもがバカらしく思えてきた私たちは、気づけば一緒に笑い合っていた。
「......なぁ仁科」
「ん? 何?」
「お前はもっと堂々としていいんだからな。そ、その......少なくとも俺は、お前が頑張ってることを知ってるんだから」
「えっ!?」
突然の歯の浮くような台詞に、思わずドキッとしてしまう私。
あ、あのー、田島? そ、そういうのって一般的な女子からすると殺し文句なんだからね? そういうのは軽い気持ちで言っちゃダメなことなのよ?
......と、まあこの出来事を通して私の中で田島が『仲の良い友達』から『少し気になる異性』に変わったのよね。普段はバカをやって皆を笑わせているコイツが、こんなに真剣に私と向き合ってくれるなんて思いもしなかったのよ。
「よし、じゃあ泣き止んでくれたみたいだし、俺はそろそろ帰るな。じゃあ、また明日学校で」
「うん、また明日ね」
日が暮れかけている夏休み最終日の体育館裏。こうして、私たちは明日の9月1日、つまり始業式の日に会えるということを疑わずにそれぞれ帰路へと着いたのであった。
でも......次の日に田島が事故にあって、結局私たちはそれから二ヶ月間、一度も会うことができなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー-----
実は私は記憶を失った田島に1つ嘘をついている。『記憶喪失以前の田島の役目は私の愚痴を聞くことだった』と入院中のアイツに吹き込んだのだ。
うん。まあ、こんなのって、完全に嘘よね。だってアイツに愚痴、というか弱音を吐いたのなんて、夏休み最終日のあの日だけだもん。
それでも.......田島が心の拠り所になってしまった私は、アイツに嘘をついた。
だって私の仮面の裏の素顔を知っているのは田島だけなんだもん。アイツは記憶を失ってあの日のことを忘れてしまったのかもしれないけど、それでも『私が素顔を見せた相手は田島だけ』っていう事実は変わらないんだもん。
ー-私が本当の私を見せていいと思える相手は田島しかいないのよ。
ええ、こんなものは多分恋なんかじゃないんでしょうね。確かに田島のことは異性として意識するようにはなったけど.......きっと、こんなものは好意じゃない。
だって、私はただ田島に依存してるだけだもの。
一方的に相手にすがりたい、っていう今の私の感情は好意じゃないと思うの。相手のことを想って、それと同時に相手に想われたいっていう気持ちになって、初めてそれを好意と呼ぶと思うのよ。
そして、今の私は別に田島に想われたいわけじゃない。ただアイツに仮面を外した私の話を聞いてほしいだけ。だから、きっと......この感情は恋なんかじゃない。
でも、困ったなぁ。アイツが駅伝部に来なくなったら2人きりで話す機会なんて全然無いし、素顔を見せて話をする機会なんて全然作れないじゃない。
......あ、でも良いことを思いついたわ。
うふふ♪ 突然良い作戦が頭に降りてきちゃったわ! うん、きっと『この作戦』が成功すれば田島が駅伝部を辞めても2人きりになる機会を作れるはず......!
「よし! とりあえず明日学校に着いたら田島に声掛けよっ!」
そして、とある作戦を思いついて上機嫌になった私は、明日を楽しみに思いつつ、眠りについたのであった。
11月8日。それは私にとって嬉しいことと、悲しいことが同時に起こった日だった。
嬉しいこととは、田島がついに学校に来たこと。記憶喪失になったって聞いた時は正直かなり落ち込んでいたけれど、今日実際に会ってみると、人柄とか性格とかは全然変わっていないみたいで安心したし、すごく嬉しかった。
そして、悲しいこととは田島が駅伝部を辞めてしまうこと。私と田島と新島は駅伝部の特待生として入学して以来、『特待生おバカ3人組』として入学当初からずって仲良くしてきたからね。3人で苦しい部活の練習を励ましあって乗り越えたり、試合後に帰り道の途中で買い食いしながらバカな話をしたりしていたの。
そんな、取るに足らないけどかけがえのなかった日常。その時間を3人で過ごすことができなくなるのがとても悲しかったな。
それに......田島とは同じクラスってことに変わりは無いんだけど、部活で会えなくなっちゃったら話す時間が絶対減っちゃうと思うんだよね。うん、それはやっぱり嫌かな。
--だって私は、田島のことを異性として少しだけ意識しちゃってるから。
まあ、入学したばかりの時はそんな風に思ってなかったし、ただの友達だと思ってたんだけどね。
でも...... 夏休み最終日に起きた『とある出来事』がきっかけで、私は田島のことを友達ではなく男の子だと思い始めるようになったの。
------ーーー-----------------
夏休み最終日の8月31日。いつも通りに駅伝の練習をしていた私には、いつものように女子の先輩たちのヒソヒソ声が聞こえていた。
「フン、1年のくせにちょっと足が速いからって調子にのっちゃって」
「どうせ、『走ってる私かわいいー』とか思ってるんじゃないの?」
「ほんと、1年のくせにレギュラー入りするなんてさ。監督に媚でも売ったんじゃないの?」
そう、この日の私はいつも通り先輩たちにコソコソと悪口を言われていたのよ。やっぱり女子ってさ、周りに気づかれないように陰湿にイジメをする生き物なんだよね。
--そして当時の私は練習を終えると、いつも誰も居ない体育館裏に行っていたの。
「うっ......ぐすっ......あんなこと言わなくてもいいじゃないっ!」
そう。私は練習が終わった後は、いつも誰にも見られない体育館裏で1人で座り込んで泣いていたのよ。周りの人はなかなか気づいてくれないけど、私って結構傷つきやすい性格なのよね。まあ、その時の私は傷ついて泣いている姿を誰にも見せたくないと思っていたから、このことは誰にも言わなかったんだけど。
--だって私は昔から『明るい性格で人気者の仁科唯』っていう仮面を被って生きていたんだもの。
私は......仮面を外すのが怖いの。きっとこの仮面を外して素顔の私を見せたら、皆離れていってしまうって思っちゃって。私の周りに居る人達は『人気者の仁科唯』を好いていてくれるのかなー、とか思ったりしちゃうのよ。
まあ、そういうわけで私は臆病で泣き虫という本性を人に見せるわけにはいかなかったのよね。
--でもその日、私は初めて他の人に"弱い私"を見せることになった。
「あー、漏れる漏れる! うーん、まあ、ここなら立ちションしていいだろ! ってうわ、やっべ! 人居るじゃん!」
「え? 田島? なんでこんなとこに...」
練習終わりの体育館裏。そこに初めて私以外の陸上部員が訪れた瞬間だった。
「なんだぁ、仁科だったのか......って、え? お前、もしかして泣いてるのか......?」
「あ! い、いや! こ、これはその......!」
突然泣いている姿を見られて動揺した私は、ただただ慌てふためくことしかできない。
「よっこらせっと」
するとそんな私の様子を見た田島は、突然私の隣にドカッと座ってきた。
「え、えっと......田島?」
「まあ、その、なんだ。とりあえず何があったのか俺に話してみろよ。力になれるかは分からないけど、話くらいなら聞いてやれるからさ」
私から目線をそらしつつ優しく声を掛けてきた田島。どうやら彼は意識的に私の泣き顔を見ないようにしてくれてるみたいだ。
「......う、うん、わかった。じゃあ、正直に話すね。あ、でも......今から話すことは誰にも言わないでよね?」
見られてしまったものはしょうがないと思った私は、変に言い訳をしても余計ややこしくなると思い、正直に全てを田島に話すことに決めた。
「オーケー、約束は守る。今日これから聞くことは絶対誰にも言わねぇよ」
「わ、分かったわ。じゃあ早速なんだけどね、実は私......」
そして私は女子の先輩たちから入学以来四ヶ月に渡って陰湿なイジメを受けていること。その辛さに耐えきれなくて体育館裏でコッソリ隠れて泣いていたことを田島に正直に打ち明けた。
「うっわ、そりゃひでえ話だな......」
「い、いいのよ。もう慣れたから......」
「バーカ。泣くのに慣れる、なんて話があってたまるかよ。傷つくことに慣れちゃダメだろ。お前は何も悪いことはしてないんだから」
「そ、それはそうだけど......」
「まあ......でも今まで仁科はよく耐えたと思うよ。1人で4ヶ月も抱え込むなんて辛かったよな。お前は本当によくがんばったよ。そ、その......気づいてやれなくてごめんな。俺がもう少し仁科のことを気をつけて見ておくべきだったよ」
「うっ......田島ぁ.......ぐすっ......!」
「あー、ごめん! ごめん、仁科! 別にお前を泣かせるつもりじゃなかったんだ! え、えっと......やべ、こういう時ってどうすればいいんだ......」
ああ、きっと私は心のどこかでずっと誰かに慰めてほしいと思っていたんだろう。
頑張っている私のことを褒めて欲しくて。ずっと辛いことに耐えている私を励まして欲しかったんだと思う。
でも、4ヶ月間そんなことなんて1度も無くて。それが辛くて辛くてしょうがなくて。
--だからこの時の私は、田島の優しい言葉が嬉しくてたまらなくて、思わず泣いちゃったんだと思う。
「え、えっと、なんかゴメンな仁科。まあ、その、アレだ。泣かせちまったお詫びに一つアドバイスしてやるからさ、それで俺を許してくれないか?」
「え...? アドバイス...?」
「ああ、アドバイスだ」
すると田島は1度咳払いをし、息を大きく吐いてから真剣な表情で語り始めた。
「いいか、仁科? お前はそんな先輩たちのことなんて気にする必要は無いんだ。あの人達はお前の才能に嫉妬しているだけだからな。あの人達は『練習を真面目に頑張っている仁科だからこそ才能を発揮できている』ってことに気づきもせず、お前にイチャモンをつけるようなダメな人達なんだよ。はは、ホント笑っちまうよな。お前より練習を頑張ってない人達がお前の才能を妬む資格なんて無いはずなのにな」
この時、普段は温厚な田島は、珍しく怒ったような口調で話していた。
「だからまあ、お前は先輩たちにこう言ってやればいい」
すると、私と目線を合わせてきた田島は最後に言い放った。
「私の才能に嫉妬している暇があったらもっと練習したらどうですか? って言ってやれば良いんだよ!」
「......ふふ、面白いわね。言ってやろうじゃない」
田島の強気な言葉に励まされて、なんだか自分もちょっと強気になれそうな気がした私は、笑顔で田島の言葉に返答した。
「よし、言ってやれ言ってやれ。はは、先輩たち絶対ビビるぞ」
「ふふ、そうよね! 言われるばっかりじゃダメよね!」
「ああ、そうだ! 1回ぐらいガツンと言ってやれ!!」
「は、ははは......」
「ふふ、うふふふ......」
「「あはははは!!!」」
そして、なんだか何もかもがバカらしく思えてきた私たちは、気づけば一緒に笑い合っていた。
「......なぁ仁科」
「ん? 何?」
「お前はもっと堂々としていいんだからな。そ、その......少なくとも俺は、お前が頑張ってることを知ってるんだから」
「えっ!?」
突然の歯の浮くような台詞に、思わずドキッとしてしまう私。
あ、あのー、田島? そ、そういうのって一般的な女子からすると殺し文句なんだからね? そういうのは軽い気持ちで言っちゃダメなことなのよ?
......と、まあこの出来事を通して私の中で田島が『仲の良い友達』から『少し気になる異性』に変わったのよね。普段はバカをやって皆を笑わせているコイツが、こんなに真剣に私と向き合ってくれるなんて思いもしなかったのよ。
「よし、じゃあ泣き止んでくれたみたいだし、俺はそろそろ帰るな。じゃあ、また明日学校で」
「うん、また明日ね」
日が暮れかけている夏休み最終日の体育館裏。こうして、私たちは明日の9月1日、つまり始業式の日に会えるということを疑わずにそれぞれ帰路へと着いたのであった。
でも......次の日に田島が事故にあって、結局私たちはそれから二ヶ月間、一度も会うことができなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー-----
実は私は記憶を失った田島に1つ嘘をついている。『記憶喪失以前の田島の役目は私の愚痴を聞くことだった』と入院中のアイツに吹き込んだのだ。
うん。まあ、こんなのって、完全に嘘よね。だってアイツに愚痴、というか弱音を吐いたのなんて、夏休み最終日のあの日だけだもん。
それでも.......田島が心の拠り所になってしまった私は、アイツに嘘をついた。
だって私の仮面の裏の素顔を知っているのは田島だけなんだもん。アイツは記憶を失ってあの日のことを忘れてしまったのかもしれないけど、それでも『私が素顔を見せた相手は田島だけ』っていう事実は変わらないんだもん。
ー-私が本当の私を見せていいと思える相手は田島しかいないのよ。
ええ、こんなものは多分恋なんかじゃないんでしょうね。確かに田島のことは異性として意識するようにはなったけど.......きっと、こんなものは好意じゃない。
だって、私はただ田島に依存してるだけだもの。
一方的に相手にすがりたい、っていう今の私の感情は好意じゃないと思うの。相手のことを想って、それと同時に相手に想われたいっていう気持ちになって、初めてそれを好意と呼ぶと思うのよ。
そして、今の私は別に田島に想われたいわけじゃない。ただアイツに仮面を外した私の話を聞いてほしいだけ。だから、きっと......この感情は恋なんかじゃない。
でも、困ったなぁ。アイツが駅伝部に来なくなったら2人きりで話す機会なんて全然無いし、素顔を見せて話をする機会なんて全然作れないじゃない。
......あ、でも良いことを思いついたわ。
うふふ♪ 突然良い作戦が頭に降りてきちゃったわ! うん、きっと『この作戦』が成功すれば田島が駅伝部を辞めても2人きりになる機会を作れるはず......!
「よし! とりあえず明日学校に着いたら田島に声掛けよっ!」
そして、とある作戦を思いついて上機嫌になった私は、明日を楽しみに思いつつ、眠りについたのであった。