完璧クールイケメンとヤンキー少女

 次の日、水曜日。
 河和は、登校して来た。
 だが、朝も昼も、体育館裏には来なかった。
 廊下ですれ違ったが、俯きながら歩く河和に対して、豊明は声を掛ける事が出来なかった。
(避けられてる……か。そりゃそうだよな……俺も、何て声掛ければ良いか、分からないしな……)

 そして、実はこの日。
 とある噂が少しずつ広まり出していた。

※―※―※

 翌日の木曜日になると、噂は全校に広まっていた。
 それは、“河和が豊明に付き纏っている”、という噂だった。
 河和が廊下を歩いていると、女子生徒たちの刺々しい言葉がぶつけられた。
「あの子、豊明君に付き纏ってるんだって」
「豊明君も良い迷惑よね」
「ヤンキーが、調子乗ってんじゃないわよ」
「死ねば良いのに」
 俯きながら歩く河和は、唇を強く噛んだ。

 その噂は、豊明の耳にも届いた。
 即座に、星崎を思い出す豊明。
(あの子らか……何てことするんだ……!)
 恐らくはあの三人が広めたのであろう。
 だが、証拠はない。
 豊明は、星崎に怒ると共に、自分自身に対しても怒りが込み上げて来た。
(また俺が起こした行動の結果、河和を苦しめてしまった……)
(クソッ! どうすれば!?)
 必死に考えるが、なかなか解決策は思い浮かばない。

 だが、豊明は諦めなかった。

 その日の夜。
 一晩中考えて。
 豊明は、ある決心をした。

※―※―※

 そして、次の日。
 金曜日のこの日は、体育祭だった。
 全校生徒が、体操服に着替えて運動場に整列している。
 この手の催し物は今まで何度も欠席して来た河和だが、『このままでは出席日数が足りず、留年するぞ』と、事前に教師に釘を刺されていたため、仕方がないので登校し、ジャージに着替えて、校舎側から運動場へと下りるための階段に座って見学している。
 そして豊明は、この日、選手宣誓を行う事になっていた。
 通例、この学校に於いては、選手宣誓は、部活動で好成績を収めた生徒が行うのが慣例で、今までに生徒会長が行ったことは無い。
 だが、豊明はスポーツでも並々ならぬ成績を収めていたため、生徒会長が兼任する事になった。ちなみに、学校創立以来初の快挙である。
 豊明は、背筋を伸ばし、朝礼台の上の校長を見上げる。
 パチン。
 脳内で“スイッチ”を入れて、冷たい声で、淡々と選手宣誓を行って行く。
 すると――
「ハッ! 何だよあの涼し気な声は?」
「選手宣誓までクールに決めますってか?」
「完璧生徒会長様は違うね」
「俺たち凡人とは違いますってアピールしてんのさ、あの野郎は。ケッ」
 陰口――と言うには大き過ぎる、男子生徒たちの声が聞こえる。
 豊明は気にせず、選手宣誓を続ける。
 そして、あとは自分の名前を言えば終わる、という所まで来ると。
 くるりと反転して――
「それと、もう一つ、伝えたい事があります」
 そう言って、全校生徒の方を向いた。
 ざわつく生徒たち。
 豊明が斜め後ろを一瞥すると、悲しみを湛え、不安そうな表情を浮かべる河和が目に入る。
(もう、そんな顔はさせない!)
 豊明は、昨夜決意した事を、今ここで行おうとしていた。
 豊明は、脳内の“スイッチ”を切った。
 そして――
「……最……近……」
 ――大勢の前、緊張で硬直する身体を、身体中に力を溜め、強引に、無理矢理動かそうとする。
(動け! 動け!! 動け!!!)
 拳を握り込む。
「……河和が……俺に……付き纏って……いる……という……噂が……流れて……いる……」
 爪が手の平に食い込む。
「……だが……それは……間違って……いる……!」
 血が垂れる。
「……河和が……俺に……付き纏って……いるんじゃ……ない……!」
 “スイッチ”を使っている時とは違う、素の――本当の声で。
 普段とはまるで別人のような、身体の中から必死に絞り出すような豊明の声が、運動場に響く。
「……お……お……俺……俺………………」
 ――だが。
 そこから、声が出なくなった。
「………………ッ! ………………ッ!」
 緊張で即座に硬直する身体の反応に抗う為に、既に全力を出している豊明だったが――
(これじゃ足りない!)
(もっと! もっとだ!!)
「………………ッ! ………………ッ! ………………ッ!」
 更に、限界を超えて身体全体から力を引き出そうとして、歯を食い縛る。
 もう何秒も沈黙が続いているが、豊明の尋常ではない様子に、教師たちのみならず、先程までざわついていた生徒たちも静まり返って見守っている。
「………………ッ! ………………ッ! ………………ッ! ………………ッ!」
 豊明の蟀谷に血管が浮き出て、切れて血が出る。
 そして――
 ――臨界点を突破した瞬間――
「……俺が……河和の……事を……好きなんだあああああああああ!!!」
 全力の咆哮が運動場に響き渡った。
 ――と同時に、限界を突破した豊明は、盛大に鼻血を噴き出しながら後ろに倒れた。
「「「「「きゃあああああ!」」」」」
 血の噴水を目撃して、女子たちの悲鳴が上がる。
 耳を(つんざ)くような悲鳴が遠くなって行き――
 ――豊明は、気を失った。

※―※―※
 
 目が覚めると――
(ここは……そうか、保健室か……)
 豊明は、ベッドに寝かされていた。
 周りをロの字型のカーテンで仕切られた空間の中、一人横たわっている。
(俺は……)
 全校生徒の前で好きな子に告白すると同時に、鼻血を噴き出して気絶するという、自身の醜態を思い出す。
(終わった……やっちまった……)
(明らかに痛い奴だよな、俺……)
(河和が俺に付き纏っているとかいう訳の分からない噂を無くすためとはいえ、まさか告白と同時に鼻血出して気絶するなんて……)
(これで、俺の高校生活は完全に終わったな……)
 ふと、周囲からこのベッドのある空間を切り取っているカーテンを見詰める。
 四角い空間の中に、閉じ込められているかのような錯覚を起こす。
(冷蔵庫に閉じ込められた時と……あの時と同じだ。俺は何も変わってないのかもしれない)
(苦しくて、辛くて、外に出たくて)
(でも、勇気を出して外に出てみたら、このザマだ)
 カーテンが、まるで重く冷たい鉄で出来ているように見えて来る。
(一人で勝手に空回りして、皆の前で醜態を晒して、周りから馬鹿にされて、距離を取られて……また俺は、一人ぼっちだ……)
(クソッ! クソッ! クソッ!)
 悔しかった。
 一体それが、何に対する悔しさなのかは分からないが、豊明は、ただただ、悔しかった。
 掛け布団を掴んで、きつく握り締める。
「クソッ!」
 心の中の言葉が、声に出ていたようだ。
 上半身を起こした豊明が、そう小さく呟いた、次の瞬間――
 ――重い鉄のように見えるカーテンが――乱暴に開け放たれた。
 すると――
「「「「「豊明!!!」」」」」
 ――そこには、クラスの男子たちがいた。
「気付いたかよ!」
「起きるの遅いぜ!」
 豊明は、目を剥き、唖然とする。
「みん……な……!? どうして? 競技は?」
「競技なんて良いんだよ」
「それよりか、お前だよ! お前!」
「え?」
「告白、最高だったぜ!」
「いけ好かない完璧野郎かと思ってたけど、アツいじゃねぇか!」
「クールを気取ったキザな奴かと思ってたのに、こんなに青臭いなんてな!」
「お前は、真の(おとこ)だ!」
「お前の恋、応援してるぞ!」
「ただ、思いっ切り鼻血噴き上げてたし、女子たちはドン引きだったけどな」
「ま、それはしゃあない」
 入れ替わり立ち代わり、男子たちが声を掛けて来る。
「え? 俺……え……!?」
 何が起こっているのか、まだ現状を把握し切れていない豊明だったが――
 男子たちによって、揉みくちゃにされた。
 ベッドの豊明に対して、強引に肩を組んで来る者、頭をクシャクシャして来る者、背中をバンバン叩いて来る者。
 呆然とする豊明の脳裏に――
『大丈夫。あんたなら、すぐに友達出来るさ』
 ――河和の声が思い出される。
(河和、お前すごいな……。お前の言った通りになったよ……)
 初めて出来た、友達。
 それも、こんなにも大勢の、たくさんの友達。
 豊明は、涙が溢れそうになるのを必死に堪えた。