河和と付き合っている事を、学校で公言した日の夜。
豊明は夢を見た。
また、あの夢だ。
だが、今回はいつもと様子が違っていた。
いつものように血塗れの母親が見える。
すると、それを見ている自分――幼い自分と母親との会話が始まった。
「純希……大丈夫? 怪我はない?」
「……うん……僕は大丈夫だよ……」
「そう……それなら……良……かっ…………た…………」
最後の力を振り絞ってそう言った母親は――
――微笑んだ。
そう、微笑んだのだ。
その直後、場面が切り替わった。
豊明が冷蔵庫の中から救出された直後。
気を失う直前に、朧げな視界に入って来たのは――警察官に連れて行かれる父親だった。
父親は――
「純希……すまなかった……」
――顔を歪め、辛そうな表情を浮かべて泣いていた。
そこで目が覚めた。
頬を涙が伝っている。
しかし、それは今までに流して来た涙とは違っていた。
「なんで……忘れてたんだろう? 母さんは、俺の事を愛してくれていた……最期の瞬間まで……。いや、母さんだけじゃない。父さんだって、俺への愛情が無かった訳じゃないんだ……」
涙を拭い、心が落ち着くのを待って、もう一度目を瞑る。
その後。
豊明があの夢を見る事は無かった。
※―※―※
次の日曜日。
ラフな格好で、駅前の噴水の前に佇む豊明の姿があった。
(遅いな……)
待ち合わせ時間はとっくに過ぎているというのに、河和はまだ到着していない。
少しすると。
「待たせたな」
全く悪びれもしない明るい声が掛けられて、「遅ぇよ!」と言おうとして、豊明は振り返ったが――
――口をあんぐりと開け、硬直してしまった。
白いワンピースに身を包んだ河和は、その艶やかな黒髪とのコントラストが美しく、まるで絵画から飛び出して来た妖精のような、幻想的な美しさがあった。
口を開けて固まったままの豊明に対して、河和が声を掛ける。
「お? どうした? まさか、今更初デートごときで、緊張して口が利けなくなったか?」
下から覗き込んでからかう、河和のニヤついた顔は――
「いや、悪ぃ。スゲー可愛くて、つい見惚れてた」
「!」
――豊明の一言で、真っ赤になった。
「バッ、バッカじゃねぇの!」
目を逸らす河和。
その手を、不意に豊明が握り締める。
「あっ」
小さくて柔らかい手が、豊明の大きな手に握られた直後、遠慮がちに、少しだけ握り返す。
「じゃあ、行こうぜ。……碧」
薄っすらと顔を赤くしつつ、優し気な表情でそう呟く豊明に対して、河和は、頬を朱に染めながら答えた。
「おう、そうだな。……じゅ……純……ああああ! なんだこの恥ずかしいやり取りは!? 拷問か!?」
「もしかして、言えないのか? 分かってるよな? 名前で呼べなかった方が、今日のデート代を払うんだぞ?」
「んな事は分かってる! 見てろよ、今すぐ呼んでやる! ……じゅ……純……純……くそおおお! 何でだ!? でも、絶対に呼んでやるからな!」
大声で言い合っている二人は、傍から見れば喧嘩しているように見えたかもしれない。
だが。
繋いだその手だけは、決して離さなかった。
―完―
豊明は夢を見た。
また、あの夢だ。
だが、今回はいつもと様子が違っていた。
いつものように血塗れの母親が見える。
すると、それを見ている自分――幼い自分と母親との会話が始まった。
「純希……大丈夫? 怪我はない?」
「……うん……僕は大丈夫だよ……」
「そう……それなら……良……かっ…………た…………」
最後の力を振り絞ってそう言った母親は――
――微笑んだ。
そう、微笑んだのだ。
その直後、場面が切り替わった。
豊明が冷蔵庫の中から救出された直後。
気を失う直前に、朧げな視界に入って来たのは――警察官に連れて行かれる父親だった。
父親は――
「純希……すまなかった……」
――顔を歪め、辛そうな表情を浮かべて泣いていた。
そこで目が覚めた。
頬を涙が伝っている。
しかし、それは今までに流して来た涙とは違っていた。
「なんで……忘れてたんだろう? 母さんは、俺の事を愛してくれていた……最期の瞬間まで……。いや、母さんだけじゃない。父さんだって、俺への愛情が無かった訳じゃないんだ……」
涙を拭い、心が落ち着くのを待って、もう一度目を瞑る。
その後。
豊明があの夢を見る事は無かった。
※―※―※
次の日曜日。
ラフな格好で、駅前の噴水の前に佇む豊明の姿があった。
(遅いな……)
待ち合わせ時間はとっくに過ぎているというのに、河和はまだ到着していない。
少しすると。
「待たせたな」
全く悪びれもしない明るい声が掛けられて、「遅ぇよ!」と言おうとして、豊明は振り返ったが――
――口をあんぐりと開け、硬直してしまった。
白いワンピースに身を包んだ河和は、その艶やかな黒髪とのコントラストが美しく、まるで絵画から飛び出して来た妖精のような、幻想的な美しさがあった。
口を開けて固まったままの豊明に対して、河和が声を掛ける。
「お? どうした? まさか、今更初デートごときで、緊張して口が利けなくなったか?」
下から覗き込んでからかう、河和のニヤついた顔は――
「いや、悪ぃ。スゲー可愛くて、つい見惚れてた」
「!」
――豊明の一言で、真っ赤になった。
「バッ、バッカじゃねぇの!」
目を逸らす河和。
その手を、不意に豊明が握り締める。
「あっ」
小さくて柔らかい手が、豊明の大きな手に握られた直後、遠慮がちに、少しだけ握り返す。
「じゃあ、行こうぜ。……碧」
薄っすらと顔を赤くしつつ、優し気な表情でそう呟く豊明に対して、河和は、頬を朱に染めながら答えた。
「おう、そうだな。……じゅ……純……ああああ! なんだこの恥ずかしいやり取りは!? 拷問か!?」
「もしかして、言えないのか? 分かってるよな? 名前で呼べなかった方が、今日のデート代を払うんだぞ?」
「んな事は分かってる! 見てろよ、今すぐ呼んでやる! ……じゅ……純……純……くそおおお! 何でだ!? でも、絶対に呼んでやるからな!」
大声で言い合っている二人は、傍から見れば喧嘩しているように見えたかもしれない。
だが。
繋いだその手だけは、決して離さなかった。
―完―