翌週の月曜日。
“河和が豊明に付き纏っている”という噂は、もう誰もしていなかった。
否、“新しい、衝撃的な噂”によって、取って代わられた、と言った方が正しいかもしれない。
その噂とは――
「豊明、おめでとう!」
「告白成功して良かったな!」
「俺たちも嬉しいぜ!」
――“豊明と河和が付き合っている”というものだった。
この日、朝から学校中が響いていた。
豊明と河和は、学校の最寄り駅で待ち合わせて、一緒に登校して来た。
“これが付き合っている証拠だ”と言わんばかりに。
そして、学校中の生徒たちが驚愕した事が、もう一つあった。
河和の髪が、黒くなっていたのだ。
ピアスも全て外した。
煙草も止めた。
セーラー服も着崩さず、きちんと着ている。
派手な印象だったのが、今では、一見すると清楚な美少女にしか見えない。
元々、“煙草の匂いで自身の甘い体臭を消すことのみ”を目的として煙草を吸い始めた河和だったが、その際に、“煙草を吸うに相応しい格好”をしようとして、金髪ピアスという姿になっていたのだ。
それが、最早煙草を吸う必要が無くなったことで、煙草と共に、金髪とピアスも止めたのだった。
ちなみに、何故煙草を吸う必要が無くなったのかと言うと――
「それにしてもさ、豊明。お前、付き合って早々、独占欲強過ぎじゃね? 【自分と同じ香水】を彼女にもつけさせるなんて」
「だよな。まぁ、それだけ好きだって事だろうけどよ」
豊明のクラス――B組の前の廊下にて、男友達たちが、豊明に話し掛けて来る。
豊明は、河和と同じ、“甘いバニラの香りがする”香水を買って、身に着けていた。
(我ながら良いカモフラージュだ)
と胸を張る豊明だが、河和は、どこか恥ずかしそうにしている。
無論、お揃いの香水をつけていると思われる事だけでなく、もうヤンキーの振りをする必要はないからと、黒髪に戻したことや、ピアスを外したことなども、その恥ずかしさの一因だったかもしれない。
男友達たちが次から次へと豊明を冷やかしている横で、河和が、どこか所在なさげにしていると――
「河和碧!」
聞き覚えのある声が聞こえて、豊明がそちらを向く。
そこには――星崎と二人の付き添い――C組の女子三人組がいた。
ツインテールを揺らしながらツカツカと河和の前まで歩いて来た星崎は、
「私、謝らないから!」
と叫んだ。
突然現れてそう告げる星崎に対して、河和は、ただポカーンとしている。
そんな河和の様子にはお構いなしに、星崎は大声で続けた。
「それと、今度は正々堂々と、正面から豊明君を奪ってみせるんだから!」
ビシッと、河和を指差す星崎。
周囲からは歓声が起こり、煽るような声も聞こえる。
二人を見ていた豊明は――
(河和にとって星崎は初対面だが、俺がこの間、『告白して来た女の子がいたから振った』って言っちゃってるし、ピンと来たかもな)
(いずれにしても、ここは、彼氏である俺の出番だ!)
と、行動を起こす事を決心した。
豊明が、「俺の彼女は河和だ! 何度お前に告白されたって、変わらない!」と、星崎に向かって男らしく宣言しようとした瞬間――
「受けて立ってやるよ!」
――河和が、不敵な笑みを浮かべて言い放った。
周囲から、先程よりも更に大きな歓声が上がる。
長い間ヤンキーの振りをし過ぎたせいで染み付いてしまったのか、はたまた元々そういう気質があったのかは分からないが、見た目は変わっても、河和の中身は変わっていないらしい。
そんな河和の返答に対して――
「ふん!」
と、踵を返して自分のクラスへ帰って行く星崎たち三人。
豊明は、河和の凛々しい横顔を見ながら、
(やっぱお前はスゲーよ……)
と、心の中で呟いた。
そして――
「姉御! 格好良いッス!」
「ついて行きます! 姉御!」
「誰が姉御だ! コラ!」
――凛々し過ぎて、豊明のクラスの男子たちからいつの間にか姉御と呼ばれ、河和はそれに対して噛み付かん勢いで文句を言っていた。
(もう、うちのクラスの連中と仲良くなったんだな。どんだけコミュニケーション能力高いんだよ!?)
と、豊明は内心で突っ込んでいた。
ちなみに、河和の劇的な変貌は、思わぬ副産物を生み出した。
教師たちの目には、“あの河和碧を、豊明が更生させた”と映ったらしく。
その結果、一度は立ち消えた豊明の推薦の話が、再浮上したのだ。
その一報に、豊明の何倍も喜ぶ河和の姿を見て、豊明も穏やかな笑みを浮かべた。
※―※―※
尚、豊明は、実は河和は“一度も煙草を吸っていない”と思っている。
河和が火のついた煙草を手に持っている場面は、何度か見た。
だが、“実際に河和が煙草を吸っている所”は、一度も見た事が無いのだ。
そのため、“煙草に火をつけるものの、その煙によって自分の身体や制服に匂いをつけていただけ”だと推測した。
そう考えれば、多くの人たちが止めたくても止められない、中毒性の高い煙草をすんなりと止める事が出来た事にも、説明がつく。
豊明が、「本当は、一度も吸ってないんだろ?」と問い詰めた際に、「そんな訳ないだろ! あたしは吸ってた! 絶対に吸ってた!」と、意固地になって反論した事も怪しく、逆に豊明の説が正しい事の証明のように思えた。
ちなみに、振りとは言え長い間不良を演じ続けた結果獲得したヤンキーとしての矜持なのか、頑固に反論し続けた河和が、
「実はあの頃……あんたの言った通り、一度も吸ってなかったんだ……」
と白状するのは、数年後の事である。
“河和が豊明に付き纏っている”という噂は、もう誰もしていなかった。
否、“新しい、衝撃的な噂”によって、取って代わられた、と言った方が正しいかもしれない。
その噂とは――
「豊明、おめでとう!」
「告白成功して良かったな!」
「俺たちも嬉しいぜ!」
――“豊明と河和が付き合っている”というものだった。
この日、朝から学校中が響いていた。
豊明と河和は、学校の最寄り駅で待ち合わせて、一緒に登校して来た。
“これが付き合っている証拠だ”と言わんばかりに。
そして、学校中の生徒たちが驚愕した事が、もう一つあった。
河和の髪が、黒くなっていたのだ。
ピアスも全て外した。
煙草も止めた。
セーラー服も着崩さず、きちんと着ている。
派手な印象だったのが、今では、一見すると清楚な美少女にしか見えない。
元々、“煙草の匂いで自身の甘い体臭を消すことのみ”を目的として煙草を吸い始めた河和だったが、その際に、“煙草を吸うに相応しい格好”をしようとして、金髪ピアスという姿になっていたのだ。
それが、最早煙草を吸う必要が無くなったことで、煙草と共に、金髪とピアスも止めたのだった。
ちなみに、何故煙草を吸う必要が無くなったのかと言うと――
「それにしてもさ、豊明。お前、付き合って早々、独占欲強過ぎじゃね? 【自分と同じ香水】を彼女にもつけさせるなんて」
「だよな。まぁ、それだけ好きだって事だろうけどよ」
豊明のクラス――B組の前の廊下にて、男友達たちが、豊明に話し掛けて来る。
豊明は、河和と同じ、“甘いバニラの香りがする”香水を買って、身に着けていた。
(我ながら良いカモフラージュだ)
と胸を張る豊明だが、河和は、どこか恥ずかしそうにしている。
無論、お揃いの香水をつけていると思われる事だけでなく、もうヤンキーの振りをする必要はないからと、黒髪に戻したことや、ピアスを外したことなども、その恥ずかしさの一因だったかもしれない。
男友達たちが次から次へと豊明を冷やかしている横で、河和が、どこか所在なさげにしていると――
「河和碧!」
聞き覚えのある声が聞こえて、豊明がそちらを向く。
そこには――星崎と二人の付き添い――C組の女子三人組がいた。
ツインテールを揺らしながらツカツカと河和の前まで歩いて来た星崎は、
「私、謝らないから!」
と叫んだ。
突然現れてそう告げる星崎に対して、河和は、ただポカーンとしている。
そんな河和の様子にはお構いなしに、星崎は大声で続けた。
「それと、今度は正々堂々と、正面から豊明君を奪ってみせるんだから!」
ビシッと、河和を指差す星崎。
周囲からは歓声が起こり、煽るような声も聞こえる。
二人を見ていた豊明は――
(河和にとって星崎は初対面だが、俺がこの間、『告白して来た女の子がいたから振った』って言っちゃってるし、ピンと来たかもな)
(いずれにしても、ここは、彼氏である俺の出番だ!)
と、行動を起こす事を決心した。
豊明が、「俺の彼女は河和だ! 何度お前に告白されたって、変わらない!」と、星崎に向かって男らしく宣言しようとした瞬間――
「受けて立ってやるよ!」
――河和が、不敵な笑みを浮かべて言い放った。
周囲から、先程よりも更に大きな歓声が上がる。
長い間ヤンキーの振りをし過ぎたせいで染み付いてしまったのか、はたまた元々そういう気質があったのかは分からないが、見た目は変わっても、河和の中身は変わっていないらしい。
そんな河和の返答に対して――
「ふん!」
と、踵を返して自分のクラスへ帰って行く星崎たち三人。
豊明は、河和の凛々しい横顔を見ながら、
(やっぱお前はスゲーよ……)
と、心の中で呟いた。
そして――
「姉御! 格好良いッス!」
「ついて行きます! 姉御!」
「誰が姉御だ! コラ!」
――凛々し過ぎて、豊明のクラスの男子たちからいつの間にか姉御と呼ばれ、河和はそれに対して噛み付かん勢いで文句を言っていた。
(もう、うちのクラスの連中と仲良くなったんだな。どんだけコミュニケーション能力高いんだよ!?)
と、豊明は内心で突っ込んでいた。
ちなみに、河和の劇的な変貌は、思わぬ副産物を生み出した。
教師たちの目には、“あの河和碧を、豊明が更生させた”と映ったらしく。
その結果、一度は立ち消えた豊明の推薦の話が、再浮上したのだ。
その一報に、豊明の何倍も喜ぶ河和の姿を見て、豊明も穏やかな笑みを浮かべた。
※―※―※
尚、豊明は、実は河和は“一度も煙草を吸っていない”と思っている。
河和が火のついた煙草を手に持っている場面は、何度か見た。
だが、“実際に河和が煙草を吸っている所”は、一度も見た事が無いのだ。
そのため、“煙草に火をつけるものの、その煙によって自分の身体や制服に匂いをつけていただけ”だと推測した。
そう考えれば、多くの人たちが止めたくても止められない、中毒性の高い煙草をすんなりと止める事が出来た事にも、説明がつく。
豊明が、「本当は、一度も吸ってないんだろ?」と問い詰めた際に、「そんな訳ないだろ! あたしは吸ってた! 絶対に吸ってた!」と、意固地になって反論した事も怪しく、逆に豊明の説が正しい事の証明のように思えた。
ちなみに、振りとは言え長い間不良を演じ続けた結果獲得したヤンキーとしての矜持なのか、頑固に反論し続けた河和が、
「実はあの頃……あんたの言った通り、一度も吸ってなかったんだ……」
と白状するのは、数年後の事である。