昨日、僕は同級生が告白しているところを見てしまった。高校性になったわけだから告白の一つや二つ珍しいことではないだろう。でも、同じクラスの人たちのを見てしまうのは、いけない物を見てしまっているような気がした。後ろめたさがなぜ感じられるのか、僕には分からなかった。機械なら全部説明がつくのに、どうして人の心はこうもややこしいのだろう。

 僕はそれを見ても誰にも言わなかったが、今日学校来てみると、クラスは昨日見た二人の話でいっぱいだった。僕はこくっていた男の方に声をかけに行く。

「清水、おはよ」

「おう、佐藤」

 清水の席の周りは人でごった返していたが、僕は人を搔き分けて清水のところに向かった。清水の席にたどり着いたところで挨拶をし、僕は清水に耳打ちをする。清水もこちらに耳を寄せてくれた。

「あのさ、昨日の放課後に教室で木村さんと二人きりでいなかった?」

「な、なんで、それを?」

「ちょうど、忘れ物取りに来た時に見ちゃって」

 クラスのみんなは清水たちが付き合っているのは知っているけど、いつからなのかは知っていないんだろう。また、それを清水たちもまだ言ってなかった。

「誰かに言ったりとかは?」

「安心して、誰にも言ってないよ」

「ほんと、ありがとう!あと、もう少しそれは黙っててくれ」

「分かった」

 伝えるだけ伝えたところで、僕は清水の席から離れる。昨日のことを聞いたのも、清水の困った顔が見たかったのが大きかった、あとは僕が広めたんじゃないぞと伝えたかったのも少し。

 昨日のことは聞くことができたので、席に戻って昨日買ったばかりの雑誌を読む。読む雑誌は月間ロボコンという雑誌で、電子科学のジャンルだ。僕はこの学校に張った理由もロボットコンテストに出てる部活があるからだ。もちろんその部活に僕は入部している。昨日、あの場面に出くわしたのも、部活中に忘れ物を取りに教室に戻ったときだった。まだ、授業までに時間があるし、もう少し読み進めることにした。

 部活で暗くなった道を一人歩いて帰る。いつも、帰るのはこんな時間になってしまう。とぼとぼ一人で歩いき、ようやく家が見えてきた。一人暮らし用の古ぼけたアパート、その一番手前の部屋の前に立ち鍵穴に鍵を差し込む。名前プレートには「佐藤 悠太」と書いてある。

 この学校に進学するにあたって、同じ県内でも距離があったので、親と話し合った結果一人暮らしをすることに決めた。玄関に入り、ただいまと、一応言ってみるがやっぱり返ってくる言葉はなかった。カバンをベットの上に放り投げ、そこら辺に落ちてる部屋着に似着替える。手を洗って一心地ついたところでお腹が減った。

 一人暮らしをしたものの、家事が最近できるようになった程度で料理なんてまだ目玉焼きくらいしか作れなかった。なので、当然お弁当か外食の二択になるのだが、今日は外食の気分だった。初めのころは、ファストフード店やファミレスなど気分で転々としていが、今はそこそこ安く、たくさん食べれる定食屋を見つけたのでそこに入り浸っている。

 家から少し歩いたところでお目当ての定食屋についた。店内に入るといつものなじみのお客さんで席が埋まっていた。その中でカウンターな端が開いているのは見つけ、そこに座った。すぐに店員さんがお冷を持ってきてくれた。

「あれ、斎藤くんいらっしゃい」

 水を持ってきてくれた店員さんは僕の通ってる学校の先輩である本田 夏未先輩だ。学校で出会うことはほぼないが、僕がこの定食屋に通うようになってから。お互いが同じ学校ということを知り、それから顔なじみくらいにはなった。

「夏未先輩は今日もお手伝いですか?」

「そうなの、この時間帯はどうしても混むからね、ごゆっくり」

そういって、先輩は他の席のオーダーを取りに行った。

「悠太君は、今日何にする?」

 今度はカウンターの向こうから声がかけられた。この店の店長で、夏未先輩のお父さんだ。なので、夏未先輩がこの店で働いているのはアルバイトではなくお手伝いになってるらしい。

「いつもので」

「おう!いつものやつな」

 週三回はこのお店のご飯にお世話になってるので、最近いつもので伝わるようになった。店長のノリがいいのも関係してるかもしれないが。

「はい、おまち」

 スマホをいじっているうちに頼んだものが来た。頼んだのは唐揚げ定食のご飯大盛り、いつもこのお店で僕が頼んでいるものだ。スマホをしまい、卓上の割りばしに手を伸ばす。

 黙々とご飯を食べていると少しづつ人が減ってきた。もともと僕が来る時間も遅いせいもあって、ピークの最終のころに来るため食べきるころになると、あれだけ人で埋まっていた席も久積が目立つようになる。

「佐藤君、今日も美味しい?」

 となりの開いた席に先輩が座った。ひとも減ってきたから休憩の時間なんだろう。

「美味しいです、先輩」

「だってよ、お父さん」

「ああ、ありがとな」

 店長は忙しそうに手を動かしながらも、こっちを見て答えてくれた。

「やっぱり、まだ料理はうまくならない?」

「そうですね、練習してる時間もなくて」

「あの部活、結構ガチだもんね。それもそうか」

 先輩としゃべりながらも、箸を進めていく。この時間は先輩としゃべりながら食べるのも定番になりつつある、忙しかったらもちろんそんなこともできない。この後はこのまま先輩とグダグダ話すか、もし先輩が物理で分からないところがあったらそれを僕が教えるか。居は前者だった。

「ふと思ったんだけど、部屋掃除してる?というか、掃除できるの?」

「先輩、何を言ってるんですか、僕にだってそれぐらいはできますよ」

「ほんとかなー、カバンをベットに放り投げたままとか、学校行く前部屋着はそこら辺に脱ぎ捨てたままとかやってない?」

 うっ、と一瞬のどにご飯が詰まりそうになるが、しっかりと飲み込む。

「もちろん」

「やっぱりね」

 先輩には僕の隠し事など伝わらなかったらしい。これもやっぱり、4人姉弟の一番上の才能なのか?

 そのあとの先輩の質問には嘘をつくこともなく、あるがままに答えた。その結果、先輩が次の休日うちに来ることになった。



「お邪魔しますーっと」

「どうぞ、汚い部屋ですけど」

「わー、ほんとだね」

 夏未先輩の我が家の訪問が決まった日から一週間後その計画は実行された。夏未先輩は玄関に入るなり、やっぱり来てよかったかのように頷いている。愕然と立ち止まっている訳ではないので、散らかり具合は先輩の想像の範囲ないだったのだろうか。

 先輩にスリッパを渡して、部屋に案内する。案内すると言って一人暮らし用の賃貸なので玄関からすぐに部屋になるのだが。

「一応、ごみは捨ててるんだね」

「それはまあ」

 部屋に入っての第一声だった。先輩はごみのあふれる部屋を想像していたのだろうか。

「この部屋は、ただ物が散らかりすぎてるだけなんだね」

 部屋には干して取り込んだままただ積まれているだけの衣類、別のところには読んでそのまま放置されている参考書類、真ん中に置いてある座卓にはパソコンに多くの場所を取っていた。この状況の部屋を見た人はみんな同じことを先輩と同じことを言うだろう。

「うん、まずあの洗濯物からたたもうか」

 プランの決まった先輩がまず手を付けようとしたのは積まれた衣類たちだった。

「え、洗濯物は僕がやりますから、他のことから手を付けません?」

 さすがに、高校生で青春真っただ中の僕には、歳の近い異性に下着を見られるのは多少なりの羞恥を覚えた。

「え、まさかパンツ見られるの恥ずかしいの?」

「ええ、まあ」

「私は気にしないよ、毎日弟たちの見てるし」

 先輩が僕の言葉で止まるわけがなく、一緒にたたみ始めた。せめてもの情けで僕のパンツは自分でたたませてくれた。僕が一枚たたむ間に先輩は2枚3枚とたたんでいく。素早い先輩のおかげで衣類の片づけはすぐに終わった。ちなみに、先輩のしまったタンスにはまだ十分のゆとりが残っていが、僕がやると絶対に入りきらなかった。

「次はどうします?」

「うーん、床に散らばっている本を片付けたいところだけど、そこは本人がやった方がいいと思う。私だと順番とかばらばらになっちゃいそうだし」

「分かりました」

「私は、開いた床に掃除機かけてるよ。掃除機かりていい?」

「はい、そこの棚の奥に入ってます」

 指をさして場所を伝える。

 そして、僕は本の片づけ、先輩は掃除機と今度は二手に分かれた。まず床にあった、本をかき集める。そこから、今度は内容ごとに分けていく。雑誌や部活の為に買った参考書、普通に高校の授業で使う教科書と内容も種類もごちゃ混ぜになっている。いつも机で勉強してそのまま放置している僕が原因なのだけども。

「なかなかにきれいになってきたね」

 掃除機をかけるのを終わらせた先輩が僕のところに来る。僕は今、種類ごとに分けた本を本棚にしまっているところだ。僕の部屋は本は絶対に多くなると考えていため、そこそこ大きな本棚があった。なので、あれだけ散らばっていた本もすべて本棚に収めることができた。

「先輩は掃除機かけるの終わったんですか?」

「うん、終わったよ。ついでに台所も軽く掃除してきた」

「早いですね」

 僕も本の片づけが終わったところで、二人で最後で最大の敵に目を向ける。

「このパソコンって、ここじゃないと駄目なやつ?」

「いや、そんなことないですけど」

「じゃあ、私はどこかに動かしたほうがいいと思う」

「そうしたいのはやまやまなんですが」

「あ、置くところが他にない?」

「えっと、置くところはそこの壁にかかってます」
 
 壁に立てかけられた置くところに目を向ける。つられて先輩も同じところに目を向ける。

「机を買ったのはいいんですけど、まだ、組み立ててなくて」

「あれ、机だったんだ」

「はい」

「組み立てちゃおっか」

 引っ越すときに購入した以来、めんどくさくて組み立てていなかった机も、今日組み立てることになった。

 一旦、パソコンと座卓を部屋の隅に避難させて、包装紙をはがしていく。はがし終えるとダークブラウンの天板と脚が出てきた。

「これ、ドライバーが必要だけど、ある?」

「僕を何部の人間と思ってるんですか?精密ドライバー場でそろってますよ」

「おお、さすがロボ研」

 そんな、茶番を挟みつつ机を組み立てていく。机の組み立ては、もっと複雑なものを組み立てている僕にとっては、朝飯前と言ったところだ。

「先輩この机どこに置いたらいいと思います?」

 僕は出来上がったデスク型の机を見ながら先輩に尋ねる

「うーん、どこかなあ」

 腕で机の大きさをはかり、部屋のいろんな床に当てていく。窓の横のちょっとした空きスペースを見つけた。机と場所を繰り返し見て頷く、どうやらいい納得のいくところが見つかったらしい。

「佐藤くん、ここならきれいに収まると思う、日も直接当たらないからパソコン奥にはぴったり!」

 先輩の選んでくれた場所に机を動かす。机は二人で運んだけど、パソコンは落とすとこわっと先輩が言ったので、僕一人で動かした。パソコンを動かしたところで、コード類の配線をしていく、コンセントもちょうど近くにあったので配線はそんなに困らなかった。

 先輩はその間に、机の包装に使われていた段ボールをかたづけ、座卓の上を拭いていた。

「こんなもんかな」

 二人ともやることを終えて、部屋を見渡す。その部屋からは山積みになった衣類も散らかった本も自分のところに収まっていた。こんなにすっきりしているのはいつぶりだろう?もしかしたら、引っ越してきた日以来かもしれない。きれいになった部屋を見渡して、これからは使ったものはすぐに元に戻そうと心に決めた。

「もうこんな時間に、お腹すいたね」

 時計の針はてっぺんを過ぎていた、先輩が家に来てから3時間は経過している。

「そうですね、今日はありがとうございました」

「いえいえ、いつもうちに来てくれてるお礼です」

 お互いに頭を下げてみる。高校生には似合わない体勢だと思った。その時何か思い立ったようで先輩が顔を急に上げた。

「そうだ!お腹すいたし、私がお昼をつくってあげる」

「ほんとですか」

「もちろん!お父さんの味までは届かないだろうけど」

「じゃあ、今すぐにでも、と言いたいところですが食材が何もないです」

 冷蔵庫の扉を開けて先輩に何も入っていない中を見せる。うちに何も食材がないところまでは先輩も予想できていなかったらしい。先輩は冷蔵庫の前でかがんで中を見渡し、冷蔵庫に何も入っていないことを確認すると、僕に言い放った。

「作るって言ったし、食材を買いにスーパーにいくよ!」

 決まったらすぐに行動ってことで、さっそく僕と先輩は近くのスーパーに向かった。店内に入ったところでカートにかごを乗せる。僕はいつもならそのまま入り口をと売り抜けていた。なので、今日も売り場に向かおうとしたところで、先輩に引き留められた。

「佐藤くん、まずこれ見たほうがいいよ」

 これと先輩が指さしたのは、入り口のところに張り付けられた広告だった。

「佐藤くんは一人暮らしだから、新聞取ってないでしょ?」

「はい、とってません」

「だったら、ここで何が安いとかだけでもみとくといいよ」

 そう言って、先輩はすたすたと売り場の方に行ってしまった。先に歩いて行ってしまった先輩を僕は追いかける。

「夏未先輩、今見たほうがいいって言ってませんでした?」

「私は、今日のお買い得品くらい頭に入ってるから、見なくても問題ないよ」

「すごいですね、先輩」

「さあ、早く買い物終わらせよ」

 買い物中も僕は先輩から様々なレクチャーを受けた。美味しい野菜の見分け方だったり、買っとくと便利な調味料だったりを丁寧に先輩は教えてくれた。

「佐藤くんは何か食べれないものある?」

「特にないです。でも、トマトはできるだけ避けたい感じですね」

「じゃあ、トマトたくさん入れよっか!」

「え?でも、夏未先輩が作ってくれるなら、僕頑張ります」

「そんなことしないって、大丈夫」

 ただ先輩にからかわれただけらしい。正直な話、先輩が作ってくれたものなら何とか食べれるような気も少しだけあった。

「こんなところでいいかな?」

 先輩はかごの中にいれた食材たちと自分のスマホの画面を交互に見比べる。僕は今のところ先輩に何を作るかを教えられていないので、手伝えることはなかった。先輩も確認が終わったようで、このかごの中に入っているものでとりあえず必要なものはそろったらしい。

「買い忘れはないですか?」

「とりあえず、私は全部入れたかな」

「分かりました。僕はレジ行ってくるんで、あっちで待っててください」

 先輩も財布を取り出したが、何か言う前に僕はさっさとレジの列に並んでしまった。先輩のことだからあのまま口を開けれたら割り勘くらいまではと粘られてしまっただろう。だからさっさとこちらに来てしまうのが一番良い選択にった。

 レジを終え、生産を済ませてレジから離れると先輩は袋に詰めるところで待っていた。

「もー、半分くらいは出すのに」

「大丈夫ですって、僕は夏未先輩が作ってくれるだけで儲けもんですよ」

「ほんとうに?」

 話ながらも買ったものをレジ袋に詰めていく。ものの入ったレジ袋は二つになった。どうしても持つって言っている先輩には軽い方を持ってもらって、僕たちは店をあとにした。

 家に戻ると、時計の針はさらに進んでいた。買い物には1時間くらいかかっていたらしい。買ったものには冷凍のものも入っていたので素早く冷蔵庫に入れる。今まで飲み物しか入れてこなかったところに、食材が並んでいくのは壮観だった。

「私は、急いでご飯作るね」

「僕も、何か手伝いましょうか?」

「えっと、大丈夫かな?佐藤くんは勉強でもしてて」

 先輩的にはいい感じにごまかせたと思っているだろうけども、これは戦力外通告であって、仕事を増やすなの意味がある。そのことを感じ取った僕は先輩の言葉に従い、邪魔をしないことにしないようにした。

 最初のうちはスマホをいじってたが、他人が僕の部屋にいて台所でご飯をつくっているという状況が気になってきた。ちらっと台所を覗いてみると先輩はあれやこれと忙しく手を動かしていた。

 一回気にしてしまったら、もっと気になるってのが人なのだろう。もっと、知覚で見たいという感情が湧いてきた。

「夏未先輩、そっち行ってみてもいいですか」

「いいよ、見てて楽しいとは思わないけどね」

 先輩から許可も出たので、台所に向かう。先輩は長い髪を後ろでまとめている。それが止まることなく動き回っているせいで常時揺れている。先輩なの髪に気を取られていてたが、先輩の料理の手際に注意を向ける。これを見て自分で作るときに生かせたらと思ったが、うますぎると参考にならないということを思い知らされた。見てもよく分からなかったので部屋に戻ろうとしたところで、先輩に引き留められた。

「せっかく来たんだし、味見してよ」

 先輩から渡されたお皿に少しだけよそってあるのを口に入れる。

「美味しいです」

 素直に感想を送る、先輩も満更でもないように「ありがと」って返してくれた。このやり取りがなんだかムズムズしてきたので、僕はそれから避けるように部屋に戻った。何だろうこの感じはと首を傾げつつも、本棚から読みかけの本を取り出して、続きを読むことにした。ちょっと読み進めてところで、台所にいる先輩に僕は呼ばれた。

「これ、できたから机に持って行ってもらえる?」

「わかりました」

 先輩から受けた指示の通りにおかずなどを机に持っていく。僕が運んでいる間に先輩は僕と自分のご飯と汁物をよそう。先輩がよそってくれたものも机に並べたところで遅めのお昼になった。

 食べるたびに、美味しいという僕を見て先輩は笑っていた。休日に誰かと一緒に食べるなんて久しぶりの事だったから、楽しくなってしまった。先輩と一緒ってのも大きな要因だったのだろう。だから、あんな言葉げこぼれてしまった。

「先輩の手料理を毎日食べれたら、僕は幸せですよ」

「え?」

 最初のうちは自分の犯した罪の大きさに気付いていなかったが、時が経つにつれて事の重大さを理解し始めた。だらだらと変な汗が背中に流れる、何とかして話題を変えようと思ったが、考えるたびに沈黙の時間が広がり言い出しにくくなっていった。先輩も黙ったまま口を開こうとせず、黙々とご飯を口に運んでいる。

 そのまま、静寂は続いていき、僕も黙ってご飯を食べ続けた。何とかしなければと思考を巡らせ続けたが、僕の頭では最適解を導くことができなかった。
 
「えっと、夏未先輩さっきの言葉は、その、比喩って言いうか、なんというか」

 「もう、バカ」

 顔を下から先輩の方に向けると、そこには涙をためた先輩がいた。

 「え、泣くほど嫌でした?」

 そんなに先輩に嫌われてしまったのかと僕は深く後悔した。また視線が下に落ちていく。

 「だからなんで伝わらないのかなあ!」

声を上げたのは先輩だった。先輩は箸も茶碗も机の上において、両手は足の上だった。先輩は顔を上げてないので、今どんな表情をしているかは分からなかった。

「普通、女の子が簡単に一人暮らしの男の人の部屋に入るわけないでしょ?」

「そうなんですか?」

「普通そうなの!」

 今まで同じ年の異性との付き合いがほとんどなかったせいで、先輩との距離感が僕は普通だと思っていた。

「え、じゃあなんで、夏未先輩は僕の部屋に?」

「そんなこと自分で考えて!」

 また僕の発言は間違っていたらしい、先輩はさらに顔を真っ赤にする。ぷりぷりと怒っているようだけども、僕には先輩の求めている答えが全く分からない。

 一向に気付いてくれない僕に対し、堪え切れなくなった先輩は膝の上にあった手を机の上の乗せ、机越しに顔を近づけてきた。驚いた僕は体を少し引いてしまった。引いた分だけ先輩が近づく。

「だからさ、もう気づいてよ!」

「えっと、もしかして、僕の事好いていらっしゃる、とか?」

「そうだよ、好いてるよ!大がつくくらいに!」

 先輩が僕にそんな感情を抱いてたとは全く気付かなかった。今、それを確認してしまったせいで、先輩の顔を見るのが照れてしまう。そりゃあ、好まれるのは嬉しくない男子なんていないと思うが、経験が少なすぎてここから、どうしたらいいのかが分からない。

 その状態のまま時間だけが、進んでいく。

「夏未先輩、僕その手の経験がないので全然イメージが浮かばないのですが、先輩が教えてくれますか、?」

「も、もちろんだよ!」

 こうして、僕たちは恋人と呼ばれる関係になったわけだが、いざ改めて今の二人の体勢を考えてみると男女が逆転したようだった。先輩も同じことを思ったようで「できれば、逆だと嬉しかったんだけどな」と言っていた。それから残っていたご飯を食べてた。次はちゃんと会話があった。

「先輩が今日、がっちりメイクしているって、もしかしてこうなることを分かってたんですか?」

「あー、うん、今日が頑張るタイミングだと考えた。予定だともっとスマートに行く予定だったんだけどね。それにおまじないもかけてもらったしね」

「おまじない?」

「うん、茶道部の後輩に相談したら、魔法使いの子を紹介してくれてね」

「魔法使いって、○○さん?」

「知ってるの?」

「もちろん、同じクラスですから」

 先輩から意外な人が出てきた。確かに、入学して近くの自己紹介で魔法使いって言ってたけど、おまじないって何か呪文を唱えたりとかするのかな?僕の彼女に対するイメージだと似合わなそうだけど。

「おまじないってどんな感じだったんですか?」

「なんかね、すごかった」

「感想はそれだけですか?」

「えっと、きれいだったから見とれてたら一瞬で終わっちゃった。でも、何か唱えるたびに周りがキラキラしてた。ごめん、説明が下手で」

「いえ、よくわかりました」

 魔法使いという職業が認められているが、生粋の科学を信じる僕にとってはまだ信じがたいものがあった。でも、先輩の表情を見れば本当にあるのか、ないのかは明白だった。

「食べ終わったことだし、食器洗っちゃおうか」

「それぐらいは、僕にやらせてください。大丈夫です、皿洗いくらいは僕にだってできます」

「前のことを思うと、疑っちゃうけど。まあ、一緒にやろうよ」

「はい」

 二人で使った食器をシンクの中に入れていく。

「ほんとに食器洗えるんだ」

 実際の僕が食器を洗えることを見せると、先輩もようやく分かってくれたらしい。先輩は僕が洗った食器の水気を付近で拭いている。

「ああ、やっぱり、佐藤くんからされたかったな」

「まだそれを言います?」

「だって仕方ないじゃん、本音だもん」

 さっきから、先輩はことあるごとに僕からの言葉が聞きたかったと喚いている。

「分かりました、夏未先輩。そこの壁の知覚に立ってください」

「わ、分かった」

 先輩はいったん作業中だったものを置き壁による。僕も濡れた手をタオルで拭いてから、先輩に近づく。

「先輩、行きますよ」

 お互いいざってなると心臓が高鳴った。僕の鼓動はバクバク言ったままだ、でもなるべく先輩に気付かれないように平然を装う。先輩のすぐ前まで来たところで立ち止まる。何年か前に見た画像を思い出しながらなるべくスマートに、先輩の顔の横に手を伸ばし、後ろの壁に置く。

「夏未先輩、これでいいですか?」

 先輩はぶんぶんと横に首を振る。僕にしたら、とても背伸びした行動をとったと思う。でもこれだけじゃあ先輩は満足しなかったらしい。

「好きってほしい」

 先輩は恥ずかしそうに僕との目線を外しながら言った。こんな、しおらしい先輩を見たことはなく、とても可愛かった。それに、彼女からのおねだりには答えてあげるのが彼氏の役目だろう。

「先輩、好きです」

「私も大好き」

 僕からの言葉を着た後、先輩は返しの言葉と共に、僕の首の後ろに両手を回し、抱き着いてきた。先輩が抱き着いてきたせいで、壁についている右手はつらいことになっているが。幸福感にあふれていた。

「佐藤くん、まだ緊張してるね」

「夏未先輩こそ、鼓動すごいですよ」

「佐藤くん、ちゃんと心臓あったんだね」

「ありますよ、僕は機械じゃないんですから」

 お互いが隠していた物なんてこの体勢になってしまえば、包み隠すことなんてできなかった。

「先輩、本当に僕でいいんですか?言っときますけど、僕は機械にしか興味のない男ですよ?」

「私の感情を間違いとでもいうの?」

「いえ、そんなことは」

「まあ、間違ってても変えないけどね」

 今日、様々な姿の先輩を見ることができた、それでも僕が一番好きなのはこのお姉さん質の優しい性格と思った。それと同時に今の僕には鬼気迫るものがあった。


「夏未先輩」

「佐藤くんなに?」

「そろそろ離してもらっていいですか?もう、腕が限界で」

 先輩はぴくぴくしている右手をみて、すぐに開放してくれた。右手を壁から離して軽くさする。こんなことになるんだったら筋トレしとけばよかった。

「ごめんね、大丈夫?」

「いや僕こそ、ふがいなくて」

 それから残っていた洗い物を終わらせて、先輩といちゃついた。イマイチ、友達と変わったことが分からなかったけど、すごく先輩は楽しそうだった。そのうち、こんな僕にも違いがわかる日が来るだろうか。先輩と一緒にいる時は友達といるときとは違った高揚感や安心感があった。
 
 今は何もわからない僕だけど、先輩が教えてくれると言ってくれたんだから。きっと、答えは見つかるだろう。