一つだけ予想できるのは、萌ちゃん――つまり、八王子君の彼女のことについての話だということ。
 私は、「まだかなー。帰りたいなー」とぼやきつつ、大きく伸びをする。
 がらりと教室のドアが開く音がして入ってきたのは、八王子君だ。
「遅くなってごめん。恋花先生につかまった上に、話がやたら長くて」
 恋花先生、もう八王子君をターゲットにしたんだ。ってゆーか、生徒をターゲットにしちゃダメでしょ。
 そんなことを考えていたら、八王子君はスクールバッグを肩にかけ直し、笑顔で言う。
「わざわざ呼び出してごめんね。ここじゃあなんだし、ファミレスでも移動する? それともカフェ?」
「は?」
「あ、大丈夫。僕の奢り」
 八王子君の屈託のない笑みの上、つまり額には【一つ残らず萌のことを教えてもらおう】と書かれてある。
「萌って、八王子君の彼女じゃないの?」
 私は思わず言葉に出してしまい、ハッとして両手で口を覆う。
 途端に八王子君の顔から笑みが消えていき、能面のような表情になる。
「萌は僕の妹だ」   
「あ、そうなんだね」
「彼女だったら、どんなに良かったか……」
 八王子君が、そう言って俯いた拍子にじゃらっと音がした。
 何の音かと思ってそちらを見ると、俯いた八王子君の首元から銀色のチェーンが覗いている。
 チェーンの先にぶら下がるペンダントトップは、五十円玉くらいの大きさの丸いこれまたシルバー製の厚みのあるプレートのようなもの。  
 八王子君はそのペンダントトップを私が見ていることに気づき、小さくため息をつく。
 それから彼は、ペンダントトップを開いた。
 ああ、写真が入れられるやつか。ロケットだっけ。
 そう思ったと同時に、誰の写真が入ってるんだろうという疑問もわく。
 八王子君は、ロケットに入ってる写真を見つめている。
 だけど、ここからでは少し距離があるので、写真に何が映っているのか確認できない。
 でも、【うう、萌……】という八王子君の本音から察するに、写真は妹さんのようだ。
 だけど、家族の写真を普通、持ち歩くものかなあ。
 よほどの事情がない限りは、ないと思うなあ。
 そこまで考えて、私は悲しい結論にたどり着く。
 まさか……。妹さん、もう亡くなったんじゃ……。
 それなら、ペンダントに写真が入っているのも、やたらと彼女の情報に固執するのも頷ける。