そして、八王子君は今度は、教室の隅のほうにいた別の女子に話しかける。
「一昨日、急な雨で傘を貸してくれたよね。ありがとう。これ、ほんのお礼だけど」
「わー。美味しそうなクッキー。ありがとう」
「手作りとか抵抗ないなら、どうぞ」
「え? まさか八王子君が作ったの?」
「おかしいかな?」
 そう言って困ったように微笑む八王子君に、傘を貸した女子は「そんなことない!」と頭を左右に振る。
 彼女の額には、【八王子君、絶対に私に気がある! むしろ付き合って!】という本音が。
  
 そんなふうに、細やかな気配りと優しさでクラスメイトを魅了していく八王子君。
 彼がモテるのも無理はないし、皐月が惚れるのも頷ける。
 だけどなんで、さっきから彼の額には文字が浮かび上がらないんだろう。
 八王子君の本音だけ見えないだなんて、おかしい。
     
 八王子君が初めて本音を見せたのは次の授業のこと。
 英語の担当教師(独身女性・三十歳)が、イタリア旅行でプロポーズめいたことを言われて、断ってやったとかいう雑談を始めると、彼の額に【それはプロポーズではなく、ただのナンパなのでは】という文字が浮かび上がっているの見た。
 それが初めて彼の本音が見えた瞬間である。
「やった!」と思わず言葉に出してしまったので、英語教師にキッと睨みつけられた。
「なんで先生がマリオンに恋人がいたことを知った瞬間に喜ぶの?!」
 泣きそうな先生の額には、【マリオン、まだ忘れられない】という本音が浮かび上がっている。
「ごめんなさい」
「謝っても無駄よ! どうせスマホいじってたんでしょ? 出しなさい。没収するから」
「え、いじってません」
 私が両手を耳の位置まで上げて、何も持っていないことを示す。
 しかし、英語教師は【ちっ、なんかムカつくわね】という本音を額に貼り付けつつ、こちらに歩み寄ってくる。
 なんとなく私のグループ(元)女子たちの額を見てみると【かっわいそー】とか【早く授業終わらないかな】とか【でこっちのせいで、話の続きが聞けなかった! ムカつく!】などの本音。
 え? そんなに先生の話っておもしろかったか?!
 いやいや、そうじゃなくて。
 同じグループでお昼ご飯などを共にした仲なら、庇ってなんて言わないから、せめて同情くらいしてほしいものだ。
 もう本当にお前らとは遊んでやらない。