「なになに? どうしたどうした?」
 驚く皐月の額をちらりと見ると、【本当に実瑠、どうしたの? 心配……】という文字が浮かび上がっている。
 うう、持つべきものは親友だ。
 皐月は私のことを本気で心配してくれている。
 クラスの女子みたいに、失恋話聞き出そうとか、彼氏の自慢するために近づいてこない!
 やっぱり皐月だけが、心の支えだ。
 私はそう思い、ぴっとりと親友にくっつく。
「ねえ、具合いが悪いわけじゃないよね?」【精神は不安定みたいだけど】
「うん。大丈夫。ありがとう」
 私は笑顔で答えて、皐月から離れる。
 すると、皐月が「あ」と短く声を上げた。
 彼女の視線の先を辿ると、一人の男子が廊下を歩いてくる姿が見えた。
 スクールバッグを肩にかけ、ちょうど一年一組の教室に入ろうとしているのは、八王子|《はちおうじ》君だ。
「八王子君がどうかした?」
 私がそう言って、皐月を見ると、彼女はぼーっとしたような顔をしていた。
 心なしか頬がほんのりとピンク色。
 その額にはこんな文字が書かれてある。
【ああ、やっぱり好き……】
 え、皐月って八王子君が好きなの?!
 そんなの一度も聞いたことがない。
「皐月、もしかして」
 私がそう言いかけると、「あ、今日、日直だった! 私、準備あるから教室戻るね!」と、慌てて教室へと戻って行った。
 怪しいもなにも、【やっぱり好き】だなんて本音を見てしまったら、もう確定だ。
 皐月の好きな人は、うちのクラスの八王子君。
 あだ名は、完璧王子。

 私は急いで自分の教室へ戻った。
「八王子、おはよー」「八王子君、おはよう!」と男子からも女子からも挨拶をされ、それに優しい笑顔で「おはよう」と返している。
 彼が完璧王子だ。
 とりわけものすごくイケメンというわけではない。
 塩顔系イケメンではあるかもしれないけど、彼が慕われているのは顔ではないらしい。
 優しそうな雰囲気と穏やかな口調。
 それだけでもない。
「はい、昨日、休んでただろ。ノート貸すよ」
 八王子君は昨日休んでいた男子に、ノートを差し出す。
「いいの? 八王子は困らないのか?」
「実は各授業にもう一冊ノートがあるんだよ。それがあるからいいよ」
 八王子君は優しく微笑んだ。
 休んでいた男子が目をキラキラと輝かせて、【神様、仏様、八王子様】という文字が額に浮かび上がる。