「お前が落ちると俺も巻き込まれて、危うく無駄な医療費がかかるところだった」
 そっけなくそう言った八王子の額には、【よかった。マジでびっくりした……】と書かれてあった。
 ああ、本当に心配してくれたんだ。
 ふーん。ちょっと良いところもあるのか。
 そんなことを考えつつ、廊下を歩いていたら、「出来さん」と呼び止められる。
 振り返ると英語の恋花(こいばな)先生が立っていた。
 先生は珍しくにっこりと微笑んで、それから言う。
「次の授業の英語のプリント、教室に持って行ってくれない?」
「え? いいですけど、職員室ですか?」
「違うの、それが」
 恋花先生は、少し躊躇してから「社会資料室に、置いてきちゃったのよ」と付け加えた。
 先生の額には【あの部屋で一人でいるほうが安心する、なんて言えないわ】という本音が。
 なんだろう、先生の知らなくて良い一面を見てしまったような。
「先生は今から別の用事があるから取りに行けないの。お願いね」
 先生の言葉に、私は「わかりました」と言って、社会科資料室へ向かう。

 社会科資料室は今はほぼ物置きになっている、と聞いたことがある。
 そんな部屋で一人で過ごすとか、ちょっとかわいそうに思えてきたな。
 恋人よりも友だち探しほうがいいのでは、人のこと言えないけど。
 私は先生に同情しつつも、ガラリと社会科資料室のドアを開け、中にはいる。
 部屋の中央を陣取る古い机の上に、プリントの束があるのを発見。
 私がそれを運ぼうとした時。
 ふと、プリントの隣に、何かがある。
 それがプラスチックのケースに入った、ビー玉、いや違う。
 脳みそが『それ』を把握した瞬間。
「目玉だぁぁぁ!」
 そんな声が聞こえて、私は「わああああ!!!」と叫び声を上げる。
 棚にどんとぶつかりつつ、声の主を探すと、そこに立っていたのは八王子だった。
 私は、震える声で机の上を指さしながら言う。
「め、め、目だ、目玉が!」
「いや、どう考えても作り物だろ」
 八王子はそれだけ言うと、ケースを手に取り、「さすがよくできてるな」とまじまじと見る。
 私は、ついさっきプラスチックケースに目玉が入ってるのを発見した。
 その目玉を八王子は、怖がることもなく興味深そうに見ている。
「それ、作り物なの?」
「当たり前だろ」
 八王子はそう言って笑う。