「うるさいなあ」
 私が冷凍のハンバーグを箸でつまもうとすると。
「俺の完璧料理でも食え」
 シスコンはそう言って、私のお弁当箱に卵焼きを一切れ、ひょいと入れてくる。   
 綺麗に巻かれた卵焼きは、見た目が完璧すぎて食品サンプルのようにも見えた。
 おいしそう……。
 でも、もしかしてものすごく味オンチだったら、からかえるな。
 そう期待しつつ、「じゃあ、いただきます」と卵焼きを口に入れる。
 私はぴたりと動きを止める。
 ……どうしよう、すっっっごい美味しい。
 私の好きなしょっぱい卵焼きだ。出汁が効いてて塩加減も絶妙。おまけにふわふわでなめらかな食感。
「うまいだろ? 『美味しいです、八王子様』と言ったら特別にから揚げもやろう。もちろんこれも手作り」
「誰がそんなこと言うのよ。ってゆーか、朝からから揚げ作ってる時間あるの?」
「昨夜の残りだ。それを朝、ちょっと揚げ直した」
 そう言いながら、シスコンはから揚げを見せつけてくる。
 金色の衣をまとったから揚げは、見た目からして美味しそう。
 あの卵焼きを焼けるなら、から揚げもさぞかし……。
 私はごくりと生唾を飲み込んだ。
「じゃあ、二個あるけど、二つ目も俺が――」
「八王子様!」
 気づけば私はそう口にしていた。
 つい、無意識のうちに……。
 こちらを見たシスコンの額には【こいつ、バカなの?】と書かれてある。
「え、なにこいつ、バカなの?」
「本音を口に出すなよ。あとバカって言うな」
「いや、なんかついね。そんなバカ正直に『八王子様』なんて言ってくるバカだとは思わなかった」
「バカを連呼するな」
 私の言葉にシスコンはひとしきり笑ったあと、から揚げを私のお弁当箱に入れてくれた。
 から揚げを一口噛んだ瞬間。
「ああ、八王子様……」
 私が思わずそう口走ったので、シスコンは腹を抱えて笑いだした。
 料理が美味しかったから、これからは心の中では『シスコン』ではなく『八王子』と呼んでやろう。

 お昼休みが終わり、階段を降りていたら、うっかり一段踏み外してしまった。
 そのまま、踊り場まで真っ逆さま……を覚悟していると。
 左腕を強く誰かに掴まれ、私はその場でなんとか停止。
 振り返ると、八王子が立っていた。
 私の左腕を強く掴んでいる八王子の右手が、ぷるぷるとしている。
「あぶねえ。死ぬ気か」
「ありがとう」