彼女の視線の先は、ちょうど登校してきた八王子君の姿だった。
 八王子君は二人の女子に話しかけられている。
「ねー、八王子君、これ、なにー?」「変わった趣味だよねー」
 八王子君の隣を歩いている女子二人は楽しそうだ。
 好かれてるな、さすが完璧王子。
 昨日から彼を観察しているのと、額の本音が見えるようになったからから分かったのだけど、『四天王よりも私は完璧王子派』という女子も少なくはない。
 なんかムカつくから『八王子君は重度のシスコンだよ!』とか叫んでやろうか。
 ……やらないけど。
 ふと、皐月を見るとぼんやりと八王子君を眺め、ため息をつく。
 その額には【ああ、やっぱり好きだなあ】という本音。
 だめだ、これは完璧に恋してるんだな。
 それじゃあ余計に八王子君は重度のシスコンだなんて言い出せない!
 こんな美人で性格も良い皐月に好かれておいて、お前は妹が好きだとぬかしやがる!
 私はそこでハッとする。
「そうか、あっちを変えればいいのか」
「ん? どうしたの? 実瑠?」
「ううん。なんでもない」
 私はそれだけ言うと「またねー」と皐月に手を振り、自分の教室へ戻った。

 教室で女子数名に話しかけられている八王子君を見て思う。
 皐月にこの恋をあきらめさせるのではなく、八王子君を変えればいいんだ。
 つまり、八王子君にいかに皐月が完璧な女子かを気づかせればいい。
 お前よりも完璧な人間はいるんだよ、と教えてやるのだ。
 そうすれば、八王子君は皐月に惚れるに決まっている。
 
 私は八王子君が席を立ち、廊下に出た瞬間を捕まえる。
【トイレ行こう】という額の本音が見えたからだ。
 初めてこの能力が役に立った気がする。
 私は八王子君を廊下の隅に引っ張り、それから言う。
「ねえ、今日、一緒にお昼食べない? 私と三組の橘皐月って子の三人で」
「嫌だ」
 八王子君は、無表情でそう言い放った。
 額にも【絶対に嫌だ】という本音の文字が浮かび上がっている。
「なんで?」
「一緒にお昼を食べるメリットがない」
「お昼を一緒に食べるのにメリットがいるんだ……ってゆーか、昨日とキャラ違わない?」
「出来さんには色々バレたから、もういいか、と思って」
【いい人キャラ、面倒くさいし】    
「ふーん。私にだけ、繕わないのね?」
「まあ、そういうこと」