ある朝、目覚めると私、出来実瑠(いできみる)は超能力者になっていた!
 そんなベタでアホらしいナレーションが脳内に流れたのは、二年遅れて中二病がやってきたわけではない。
 私は脳内でナレーションのごとく言い訳をしながら、母の額をじっと見つめる。
 父のカップにコーヒーを淹れる母の額には、文字が浮かび上がっていたのだ。
【早くみんなを送りだして二度寝したいわね】
 額の文字は、マジックで書かれているわけではない。
 つまり、自分で書いたわけでも、父の年甲斐もないイタズラなんかでもない。
 それだけはなぜか確信できた。
 文字はまるで魔法のように、くっきりとそして不自然なくらいにきれいに浮かび上がっている。
 どんな仕組みなの? ってゆーかなんのために?
 私が首を傾げて母のおでこをじっと眺めていると、私の視線に気づいた母が口を開く。
「なに? どうかした?」
 すると、母のおでこから【早くみんなを送りだして二度寝したいわね】という文字が煙のように消える。
 しかし、すぐにふわりと新たな文字が浮かび上がってきた。
【それにしても実瑠はあか抜けないわねえ。高校生になったっていうのに】
「大きなお世話だよ!」
 私が思わずおでこの謎文字に反応すると、母が目をまん丸くする。
「あ、いや、えっと、ちょっと一ヶ月遅れの五月病っぽいだけだから」
 私は意味不明な言い訳をして、その場をしのいだ。
 父のほうを見ると、その広いおでこにも文字が浮かび上がっている。
【実瑠も五月病にかかるのか……というか悩みがあるのか……】
 って、さっきから余計なお世話だよ!
「悩みくらいあるんですからね!」
 私が父に言うと「ん? なんで怒ってるんだ?」と父が不思議そうな顔をする。
「まあ、思春期だから色々とあるのよ」 
 母の言葉に父は「それもそうか」と納得する。
『思春期』って言葉は使い勝手がいいなあ。

 洗面所の鏡で自分のおでこを見てみるものの、何も文字は浮かび上がっていない。
 さっき見ていたテレビのアナウンサーやお天気お姉さんのおでこにも、文字が浮かび上がっていなかった。
「私が超能力者になったんじゃなくて、お父さんとお母さんがおかしくなったのかなあ……」
 私はそう言いつつ、髪の毛をブラシでとかす。
 両親がおかしくなった、という結論はあまり出したくない。