青春トワイライトと忘れ猫のあくび -Farewell Dear DeadMINE-

 走れ、追いつけ、伝えろ! 僕が僕の言葉であいつに、最後の言葉を、聞こえなくてもいいから言うんだ!
 力任せに漕いだおかげか、スピードに乗れていない電車の横になんとかつける。下り坂だからスピードは出やすい。ガタンゴトンと大きな音が自転車の悲鳴みたいな音をかき消し始める。
 それでも、聞こえなくてもいい。かき消されたって構わない。
 伝われさえすれば、ちゃんと分かってくれさえすれば良いんだ!
 窓に寄り掛かる彼女の姿が見える。いける! 背を向けて下を向いている一人の為に、僕は目一杯の声量で声を張り上げて叫ぶ。
「じゃあなぁーっ!! ぜったいっ!! また会おうなぁーーっ!!!」
 こっちを振り向いたら見えるように、僕は右手で大きく手を振る。平行に走る車両の中には、見えてないし聞こえてないかもしれない。でも、どうにかして、伝わってくれと、僕はペダルをさらに強く踏み締める。車輪の悲鳴も、電車にだって負けてない。
「約束だぞおおーーーーっ!!! 忘れんなよっーーーー!」
 けれど、彼女は気付かない。背を向けたまま、僕の声が聞こえないまま……。
「ああっ!」
 一瞬バランスを崩して、スピードを落としてしまう。ペダルにうまく足が乗らなくて、すぐに立て直せない。そんな僕をゆっくり電車は離していく。
 あいつの姿も、段々と見えなくなってしまう。
「くそっ!」
 追いつく訳なんてないのに、なおもペダルに力を込める。
「動けっ! 動けよっ!!」
 錆び付いた車輪を、必死に漕いで、このまま自転車を壊すくらいの勢いで。
「もう一回! いけよっ! いってくれよ!!!」
 ……でも、それは遠くなっていくだけで、やがて視界からも消えていく。
 向こう側に、行ってしまう。
「ああ……いけ……よ」
 呆然と、足から離れたペダルを気にもせず、僕は立ち止まってしまう。
 ガタン。と自転車が倒れ、残された僕だけが何もない線路を見ていた。
「……いけよ……僕」
 汗が出て、涙が出て、全身が熱くて、息が荒い。
 たった一人の、自分の大切な人の、届かない背中に向かって、そのくらいの『証明』くらいしか僕には残せなかった。
 ここまで頑張ったと、誰に褒められる訳じゃない、褒めてもらう為にやったんじゃない、ちっぽけな『証明』が。
 伝えようとした、思い出が。

 ――町に、郵便バイクの音が聞こえる。