青春トワイライトと忘れ猫のあくび -Farewell Dear DeadMINE-

「うん……じゃあそれにね、わたし、この花に花言葉をつけてあげるよ」
「花言葉……?」
「うん。本当の花の方は忘れちゃったから」
 そう言って、彼女は立ち上がり僕に「じゃあ、いこっか」とだけ残して玄関へと向かってしまう。
 短めのスカートを追って、僕もテーブルのおでんをそのままに、部屋から出る。
 もう出発するらしい。向こうに。
「そっか……なあ、忘れ物はないか? もうこっちには戻らないんだから、少しは確認しといた方がいいぞ」
「大丈夫。その時は、こっそり帰ってくるから」
 靴を履き替え、ドアを開ける。

 空に広がるのはもう宵闇ではない白さを帯び始めた空。時間は段々と進んで行っているのだ。止まっていた時間が嘘のように、変わっていく。
「で、花言葉ってのは?」
 周りの人間はいつか忘れてしまう彼女の事を僕は忘れたくないと心に誓って、あと少しで見えなくなってしまうだろうその花の持つ言葉を待った。
 最後の二人乗りが始まる前まで。

「"わたしを忘れないで"」

 僕は自転車の鍵をポケットから取り出した。
 だって、もうすぐ夜は明ける。

【終幕】車輪は唄う-Forget Me Nots-

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 錆び付いた自転車は、キイキイと甲高い音を立て僕らを運んで行く。
 空は少しずつ明るくなっていて、消えていたと思っていた建物も本来の姿を取り戻していた。
 長谷川ハイツは今もそのままで、相変わらずの古い外観を新築ばかりの住宅街に残しているけれど、それこそ僕らが懐かしいと思えたモノは消えていた。
 いや、それはこの町に『忘れられた』と言った方がいいのだろうか。
 あの小さなゲームセンターは、いつの間にか大きなアミューズメントパークになっていたし、その近所の空き地は美容院に変わっていた。
 もちろん大して昔の事じゃないのだが、あの街は僕らのずいぶん前の記憶を元に出来ていたようで、比べてみるとかなりの差異があったのは確かだった。
 特に、こことか。
「……公園のところは、予備校になったんだよな」
 止まって見上げた、ビルのような見た目の高い建物は、割と有名な予備校で、実際、僕も中三の時に夏期講習で通っていた場所だった。
 過去の自分が送ったタイムカプセルは、かなり前から無くなってしまっていて、未来の自分が進路に向き合う場所に変わっていたのだ。