青春トワイライトと忘れ猫のあくび -Farewell Dear DeadMINE-

 目が悪くなった父親へ、張子のお面を作るのを手伝ったり、ビリヤードの相手になってやるようにしてた昔を、僕らが中学に入ったばかりの――当時の日課のようなものを、思い出しに行くために、誰にも気付かれずに学校へと行っていたのかもしれない。
 ……いや、それだけじゃない。本当は僕らと同じ教室に行きたかったのかもしれない。
 どこかで一歩踏み出せなくて、校内に入って遠目に見える僕らに近づきずらくて、あの場に落ち着いていた。
 本当は三年二組の教室に行きたかった。
 そうじゃなきゃ、この街に学校なんて――三年二組なんてある訳ないんだ。
 そうじゃなきゃ、卒業文集の為に何枚もの原稿用紙を費やしはしないんだ。
 そうじゃなきゃ、父親に、先生に、会いに来たりはしないんだ。
 僕がここ居る訳も、ないんだ。
 一緒に卒業したかった。
 一緒に学校での思い出を作りたかった。
 本気でそう思っていたんだ。
 ……でも、もうあいつは旅立つ事を決めた。
 父親のところへ行く事を決めた。
 僕だって認めたくないし、受け入れたくないけど、その言葉を言える訳もないけどさ、そうなってしまったんだ。
 どうあがいても、それは変えられない、事実だ。
 なら、もう僕に出来る事はない。

 迷わされたのはあいつじゃなくて、最初から僕だった。
 僕だけが来てはいけない世界へ、一緒に行こうとしていた。
 違う。僕はいとまごいをしに来たんだ。
 
 帰らなきゃ。
 僕はそれを終えたら元の世界へ帰らなきゃ。
 あいつは向こうへ、僕はここへ。
 引き止めていた時間を、終わらせなきゃ。
 全部忘れて、さよならをしなきゃ。
 もう、終わらせなきゃ。

 ◇

「中一の時の家庭科で僕は感動したな。カツ丼なんて、調理実習でやるなんて思ってなかったから。まあ、基本お前ら女子に任せてぼーっとしてたんだけど、思いつきでタコ入れたらすごかったよな。大好評でさ」
「……うん」
「あの時は、なんかお前の手柄になってな。お前も気を良くしちゃって、家でもそればっか作ってたらしいじゃん」
「……うん」
「なんだろうな、ただタコ入れただけなのに、全然味変わっちゃってさ…………」
「…………う、ん」
「全く変わちゃって……さあ」
「…………」
「はは……忘れちまった……か」
 さっきから、下を向いて頷く姿に、僕は胸を締め付けられる。