「本当はね、忘れ物を取りに来たなんて、ただの口実なんだ。単純に娘が心配で仕方なかったんだよ。ちゃんと、こっちへ来てくれるかって……でも、安心した。キミにならあの子を任せて良さそうだ。自分の運命を受け入れてくれそうだ」
「あ、あの!」
僕の叫び声に、マミは改札から飛んで駅員室の中に入った。驚いたのかもしれない。
だってもう、その夕焼け色の電車のドアが開いてしまったのだから、叫ばざる得なかったんだ。
「これだけ教えてください! なんで……なんで電車に飛び込んだんですか! そんな事しなければあいつだって……」
「…………」
「亡くなったその運転手の事だってあったのに、なんで!」
「…………」
「なんでっ……!」
立ち止まった男は、よろよろと僕に背を向けて、前に進んで行く。また不愉快な発車のベルが鳴り出す。
「見えなくなったんだよ」
「……え?」
前だけを見つめて、離れていくのに僕だけに聞こえる声で。
「目が見えなくなって見えてた景色すらも、見えなくなってしまったんだよ。だから、たぶんその時誤って転倒したって言うのは、そういう事だったんだ。ボクはそこで最終回を迎える運命だった。本当はもっと、生きていたかったよ」
一歩、一歩と開かれた無人の電車へ近づく男はドアの直前で顔だけで振り向いて、顔だけは笑って、言った。
「でも……耐えられなかったんだ。家族の顔が見えなかったのが。次の日になったらどこかへ置いていかれてしまうような不安が」
「そんな事……!」
「分かってる。そんな事しないよあの人たちは。だからこそ、ボクは迷ってしまったんだ。一瞬だけね。そうして、足を踏み外したんだ」
電車の中に足を進め、発車のベルが鳴り終わる。後はもう、ドアが閉まるのを待つだけだ。
「…………ああ、ようやく思い出せたよ。キミの名前」
プシュ、と気の抜けた炭酸のような音とともにドアがゆっくりと閉まった。
そのドアの隙間から男はやっぱり作ったかのような乾いた笑顔で、けれど、僕の見覚えのある父親の顔で、やはり――
笑っていた。
「さくらは好きかい?」
3
「っ……」
気付いたら夜空があった。
暗い雲はちぎれ、星が光り、月が遠くに見えた。
どうやら、古ぼけた線路を目の前にして、僕は寝転んでいたようだった。
「あれ、駅は……?」
身体を起こし、周りを見渡してみる。
「あ、あの!」
僕の叫び声に、マミは改札から飛んで駅員室の中に入った。驚いたのかもしれない。
だってもう、その夕焼け色の電車のドアが開いてしまったのだから、叫ばざる得なかったんだ。
「これだけ教えてください! なんで……なんで電車に飛び込んだんですか! そんな事しなければあいつだって……」
「…………」
「亡くなったその運転手の事だってあったのに、なんで!」
「…………」
「なんでっ……!」
立ち止まった男は、よろよろと僕に背を向けて、前に進んで行く。また不愉快な発車のベルが鳴り出す。
「見えなくなったんだよ」
「……え?」
前だけを見つめて、離れていくのに僕だけに聞こえる声で。
「目が見えなくなって見えてた景色すらも、見えなくなってしまったんだよ。だから、たぶんその時誤って転倒したって言うのは、そういう事だったんだ。ボクはそこで最終回を迎える運命だった。本当はもっと、生きていたかったよ」
一歩、一歩と開かれた無人の電車へ近づく男はドアの直前で顔だけで振り向いて、顔だけは笑って、言った。
「でも……耐えられなかったんだ。家族の顔が見えなかったのが。次の日になったらどこかへ置いていかれてしまうような不安が」
「そんな事……!」
「分かってる。そんな事しないよあの人たちは。だからこそ、ボクは迷ってしまったんだ。一瞬だけね。そうして、足を踏み外したんだ」
電車の中に足を進め、発車のベルが鳴り終わる。後はもう、ドアが閉まるのを待つだけだ。
「…………ああ、ようやく思い出せたよ。キミの名前」
プシュ、と気の抜けた炭酸のような音とともにドアがゆっくりと閉まった。
そのドアの隙間から男はやっぱり作ったかのような乾いた笑顔で、けれど、僕の見覚えのある父親の顔で、やはり――
笑っていた。
「さくらは好きかい?」
3
「っ……」
気付いたら夜空があった。
暗い雲はちぎれ、星が光り、月が遠くに見えた。
どうやら、古ぼけた線路を目の前にして、僕は寝転んでいたようだった。
「あれ、駅は……?」
身体を起こし、周りを見渡してみる。
