青春トワイライトと忘れ猫のあくび -Farewell Dear DeadMINE-

 こじんまり暗く錆びついた無人の構内には何故か"Prank"と月みたいな色のスプレーで落書きがされていて、えらく不気味だ。気味が悪い。
「あ」
 ふと、駅員室と書かれた窓から黒い何かが飛び出してきたのが見えて、思わず声がでる。
あれは。
「ミャー」
 マミ。
 真っ黒な毛をした可愛くない猫。僕らを迷わせた猫。マミ。
 それにしても、本当にいきなり過ぎるヤツだとは思ってたけど、なんでここにこいつがいるんだ。さっきは、学校にいたくせに。
「お、猫の声だ。はは、さっそくボクに最後を伝えに来たんだね」
「ミャー」
 男を低すぎる改札の前まで連れてくと、マミがピョン改札の上に乗り、男の手に首輪を押し付ける。
 そこにはもちろん、トランクの形をしたオブジェクトがぶら下がっている。
「あー、はいはい。乗車券ね」
 男は、スーツの胸ポケットの花を一旦取り出しては、奥まで手を入れ、しわくちゃの紙切れを取り出した。
 何も書かれてない、まっさらなその紙を。
「ムミャ」
 大きな手でマミの首辺りを触りながら、小さなトランクを手探りで開ける。
 どうやら、さっき不器用に閉まっているように見えたのは、男がこの街に降りた時にあそこに乗車券を入れた為らしい。
 そして、マミは頑なにトランクを触らせない理由も分かった気がした。
「……電車が、来るね」
 不協和音とも呼べないようなただぶつかり合う雑音が止み、電車の大きなクラクションが聞こえてきた。
 あの時と同じように、突然に鳴り響く。
「さあ、今度こそお別れだ」
 男が振り返るとともに、暗い構内がさらに暗くなった。星の無い宇宙にでも来たのかというくらい暗い。目の前にあった飛び越えられそうな改札は、どこか遠くにあるかのように、存在を完全に消して暗闇に溶けてしまう。
「な、これって」
「渡る時が来たんだよ……ここから先へ進めばボクは完全にキミの事を忘れるだろう。まあ、そもそも別世界の人間だから当たり前だけどね。短い時間だったけど、色々と助かったよ」
 電車が大きな音を立てて入って来るともに、男の姿が霞み始めた。陽炎のように、溶かされていくように、ぼやけている。