「亡くなった彼は、その日に会ったばかりで、ボクも大した言葉も交わしてない。精々さっさと終わらせてビールでも飲みたいですねとか、そんな程度だった。だが、いざ彼の死際を目の当たりにしたら、とてつもなく胸が痛んだ。あの光景は、思い出すだけで吐き気がするよ。目を背けたくなる。それがもし、自分の大切な人だったりしたら、立ち直れないだろう……生きるのが、辛いだろう」
僕の肩にギュッと力を込めて男は見えない目で空を仰ぐ。
……手の感覚がよくやく分かるくらいの弱々しかった重さが、ずしりとのしかかっているのが分かった。強く、僕に伝えているのだろう。
「変な話でごめんよ。だけど、これだけは覚えていてほしい。命はそれ程に大きい存在だ。そこの上を走る電車にもまた多くの命が乗ってる。それ故時に、いざなわれる事もあるかもしれないが、決して踏み出してはならない。踏み出したら、向こう側に渡るしか無くなってしまう……今回みたいに"迷わせてくれる"のは本当に偶然が重ならないと無理だ」
「……迷わせる」
――猫はね、昔から人を迷わせる動物なんだよ。
――それこそ気まぐれに、人を道から外させて、帰ってこれない場所までいざなってしまうような、こわーいヤツなの。
「人を迷わせる猫。ですか」
どこかへいざなってしまう動物。怪異的で非現実的なのになぜか信憑性のある存在。
どこか僕らを弄ぶ、気だるいヤツ。
「……そうかキミも猫に呼ばれたのか。そう。なら、なおさら、目を背けてはいけないよ。ヤツらは迷わせた人間に終わりを伝えに来る。それを逃したら、一生迷わされたままだ。死ぬ事も、生きる事も出来ない。命を弄ばれ――」
男が語り終えようとした瞬間、駅から電車がまもなく到着するチャイムが流れた。
甲高い金属音にどこかで聞いた事のあるメロディーが響き渡った。
「ははは……時間だ。たぶん、ボクへの最終電車らしい。タイミング悪いなあ……うん。じゃあ、改札まででいいから、もう少し頑張ってくれないか」
スピーカーからの音が歪み始め不愉快な音色が周りを包む。
気持ち悪い。寒気で鳥肌が立つ。足が震えてくる。
けど、行かなくちゃ。僕は近くの歩道に自転車を置き、歩調を早めながら駅の入り口まで焦るように進む。途中男がつまずきそうになったが、なんとか体勢を整えて、暗い駅へと入った。
僕の肩にギュッと力を込めて男は見えない目で空を仰ぐ。
……手の感覚がよくやく分かるくらいの弱々しかった重さが、ずしりとのしかかっているのが分かった。強く、僕に伝えているのだろう。
「変な話でごめんよ。だけど、これだけは覚えていてほしい。命はそれ程に大きい存在だ。そこの上を走る電車にもまた多くの命が乗ってる。それ故時に、いざなわれる事もあるかもしれないが、決して踏み出してはならない。踏み出したら、向こう側に渡るしか無くなってしまう……今回みたいに"迷わせてくれる"のは本当に偶然が重ならないと無理だ」
「……迷わせる」
――猫はね、昔から人を迷わせる動物なんだよ。
――それこそ気まぐれに、人を道から外させて、帰ってこれない場所までいざなってしまうような、こわーいヤツなの。
「人を迷わせる猫。ですか」
どこかへいざなってしまう動物。怪異的で非現実的なのになぜか信憑性のある存在。
どこか僕らを弄ぶ、気だるいヤツ。
「……そうかキミも猫に呼ばれたのか。そう。なら、なおさら、目を背けてはいけないよ。ヤツらは迷わせた人間に終わりを伝えに来る。それを逃したら、一生迷わされたままだ。死ぬ事も、生きる事も出来ない。命を弄ばれ――」
男が語り終えようとした瞬間、駅から電車がまもなく到着するチャイムが流れた。
甲高い金属音にどこかで聞いた事のあるメロディーが響き渡った。
「ははは……時間だ。たぶん、ボクへの最終電車らしい。タイミング悪いなあ……うん。じゃあ、改札まででいいから、もう少し頑張ってくれないか」
スピーカーからの音が歪み始め不愉快な音色が周りを包む。
気持ち悪い。寒気で鳥肌が立つ。足が震えてくる。
けど、行かなくちゃ。僕は近くの歩道に自転車を置き、歩調を早めながら駅の入り口まで焦るように進む。途中男がつまずきそうになったが、なんとか体勢を整えて、暗い駅へと入った。
