「たくさんのお話を作っては、たくさんの子供たちに聞かせた気がするよ。楽しい話、面白い話、優しい話、怖い話、綺麗な話……そして、たそがれる話。どれもこれもボクの作品で、皆の作品だった。ああ、とてもあの時は幸せだったよ。紙芝居は終わらせない限り、終わらないからね。ずっと皆の中で続くんだ」
 そう言って公園内に入って行く男の後を、自転車を置いてから追っていった。
 小学生の頃の冒険が出来た頃の小さな世界を、ゆっくりと当時の思い出を振り替えながら。
「っと、危ない危ない」
 すると突然男が転びかけた。ここに足を取られる様な物なんて無いのに。何につまずいたのだろうか。
 とにかく僕は速足で近づいて男の隣に並んだ。少しふらついているけど、怪我とかはしてないみたいだったが、ちょっと様子がおかしい。
 彼の視点がどうも定まってない。歩き出しても、進む方向が見当違いでとてもたどたどしい。
 ……もしかして。
「目、見えないんですか?」
 歩調を緩めた男は、やはりどこか定まらない視点で、僕の声のする方向へと手を伸ばした。
 きっと肩を貸してほしいんだろう。すかさず体を寄せて手を置かせる。
 そして触れた手の感覚は、羽が乗っかったのかというくらいに、軽い。
 どういう事だ。
「……はは、やだなぁ。さっきまで見えてたのに、また見えなくなっちゃったよ……ああ、本来の町に戻って来てるからかな……悪いけどさ、ボクと同じ速度で歩いてほしい」
 少し高いところから肩に手を乗せ、先ほどのような諦めてしまったかのような遠い表情を見せる男。もうどうしようもする事が出来ない、向き合わなければならない現実を、ただ受け入れているのだろうか。

 ――おそらく男は昔、視力を失っている。

「……なあ、キミはビリヤードは出来るかい?」
「え?」
 突然の問いに僕は男の方に振り向く。
 なんでいきなりビリヤードの話題なんだ。目が見えないのと何の関係があるっていうんだ。
 よろよろと歩く男とともに、ベンチまで向っていく。
「いやね、ボクが唯一楽しめた遊びは、ビリヤードなんだ。色がたくさんあるし、音が鳴って勝敗が分かるからね。コツンって……最初は目が霞む程度だったから、それで遊べたんだ」
「ビリヤード……」
 体育準備室に置かれた、あの小さなビリヤード台。