「キミはこちら側の人間ではないから、あとちょっとしたら本来の記憶を思い出すんだろうね……いや、この街の記憶を忘れる、と言った方がいいか。そうしたらきっと、ついてきた事さえも記憶から消えていく……ほら、見てごらんよ、夕陽が微かに沈んでいきている。夜に近づいているんだ」
 首の動きだけで差し示された方向には、あのオレンジ色の無限大が、いよいよ霞んで暗さを帯びているのが分かった。見ているだけで意識が持っていかれそうになるあの感覚も、微々たるモノになっている。
 終わらない夕焼けが、終わりに進み始めたのだ。
「どうして、こんなに突然……」
「来るべき時が近づいてきたんだろう。大した理由じゃない。きっと、自分だけが知らなかったってだけで、意図的にも無意図的にも思い出したのさ」
「……何をですか」
「この街の事。キミ達の記憶の事」
 あの時の言葉と同じモノを言ったのはわざとなのだろうか。
 そっと遠くを見ては息を漏らし、何を訴えかけたいのか。
 僕は返す言葉を探して、改めて街を見た。僕らの記憶。僕らの思い出。そしてここにいた証明。
――それらは、全部消えようとしている。
もう、たそがれの街が終わりを迎えるのだ。
「……あ」
 大きな木が目に映る。公園に生えていた、高く伸びる大きな木だ。
 どうやら、いつの間に公園の方まで来ていたらしい。街が変わってきているから距離の感覚にもズレが生じているようだ。僕が思っていたよりも早く着いたのはその為か。
 にしても公園、ね。
 僕とあいつとの、紙芝居おじさんとの場所で。
 タイムカプセルを隠した、未来の自分が戻って来る……場所。
 そのくせ、あまり行く気にはならかったところ。
 なんでだろう。存在は知っているし、そこでした事も覚えているのに、行き方が分からかったのか、避けていたのだ。
 なぜかたどり着けない気がして。
足を伸ばせば行けるのにそこで立ち止まってしまって、進めない。
 つまり、それは何を示すのか。
「にしても、すごく久しぶりだな。ここでボクは紙芝居をしたんだよね」
 公園の入口で男は目を細めながら笑った。忘れた筈の記憶を再び取り戻しているのだろうか。こちら側に居た時の昔の記憶。それはきっとこの街が『消えていく』からこそ、出来たのかもしれない。