「はい、そうですけど」
「駅まで歩かないか。なあに、たかが十五分くらいの距離さ。いいだろ?」
 僕は頷き、駐輪場に止めていた自転車を持ってきて、校門を出る。
 相変わらず、校門大きな看板が立てかけてあって、けど、いつのまにか書かれている文字があって、僕はそれを口の中で反芻した。
「思い出してきたのかな、この町の事。本来キミ達がいた、この"街"じゃない、この『町』の事」
 男は僕の視線をたどって、看板に飾られていた青い花びらを手に取り、目の前に差し出す。その花は職員室にあったものと同じで、花屋で見かけたものとも一緒だった。
――そいつはなんて花だ?
――……忘れちゃったなあ。
 あいつの、忘れた思い出。
「ええ……結局、ここはあいつの場所なんですね。僕はこんな花の名前を知らないですし、どういう意味があるのかも分かりません。ただ、ついてきてしまっただけみたいです。本当にただ――」
 手に取った花びらを握りしめた後、僕はゆっくりと冊子の中へそれを入れた。花びらを栞のようにして、すぐにそのページが分かるように。
 男は少し微笑んで、再び歩き出す。遠くなっていく校舎をぼんやりと見つめながら。道を進んで、『帰る場所』へと。
「キミは、ただついてきたんじゃないさ。自分の意思で引き止めようとしてたんだよ……向こう側に行ってしまわないようにと、手を伸ばしたんだ。本当にそれだけの話なんだよ」
「それは……分かりません」
「はは。そうじゃなきゃ、こんなところまで来ないんだよ。普通は」
 少し肌寒い空気。肩を切って自転車の規則的に悲鳴を上げる車輪の音が静かに響くなか、そっと振り返れると、なぜだか校舎が見えなくなっていた。
 周りの街並みも、どことなく懐かしや温かさと言ったあの雰囲気が薄れているようで、景色自体が変わってるのが分かった。
――こんな場所にマンション建ってたっけ。
――ここの住宅街ってあんなに広かったっけ。
――あの抜け道、どこに行っちゃったんだろう。
 なんだか少しずつだけれど、着実にこの街が消えていっているのを実感する。
 "昔"から、『今』に向かっているのを、感じる。