僕は立ち上がって男と対峙した。
 深く腰掛けて変わらない表情で僕を見上げた彼は、ふと笑う。
「なんだい?」
「……助けたい人がいるんです。知恵を貸してください」
 僕の言葉にただ、笑う。

「あなたから、助けたい人が」

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「助けたい、ね。ボクは悪者か何かなのかい? 例えばその、キミにとってとか」
 飄々と、男は表情を崩さず両手を広げて周りを見渡す動きをする。
 まるで子供をあやすかのような、大袈裟な様子で。
「悪者なんかじゃないです。でも、悪くないからこそ、そいつは閉じこもってしまったんです」
「ほう……閉じこもってしまった、か。じゃあ悪い事をしたね……その子に」
 僕の言葉に笑みを浮かべながらも、今度は目を閉じて感慨にふける仕草をし、机の上の冊子に手を伸ばす。
 それは何かの芝居をしてるかのような変わりようだった。
「でもごめんね。ボクは何も出来ないし、何もしてあげられない。忘れちゃったしね。少しのこの街の事と、少しの忘れ物についての事、そして少しの家族の事。ふと思い出したそれらだって、もうじき頭の中から消えてしまうみたいなんだよ。だから、さ」
 男は冊子を開いてパラパラとページをめくり、真ん中辺りまできたところで手を止めて僕に渡した。
 古ぼけて、色あせてしまったその冊子を、お前が読めと言うように。
「キミが……キミ自身が、そのお話を終わらせるんだ。その子の為に、"最終回"を教えてあげるんだ。そしたらきっと、"夕焼け"は"朝焼け"に変わるよ」
「……やっぱり、あなたは」
 そして男は道化のように張り付いた、お面みたいな笑顔をして、最後にこう告げた。
「ああ、そういえば、ボクの娘は出来が悪いんだ。本業の方、遺伝しなかったし」



 この街に来た時、それがいつくらい前なのか、何故そのような状態になったのかなんて言うのは、やっぱり思い出せないところではあるのだけれど、唯一の記憶と呼べるモノが、僕の今に至るまでの行動へと繋がっていたのは、確かな事であった。
 その記憶というのは、一人のある人物を示しているので間違いなくて……しかしこの街の夕焼けにかき消された情報群の一つで、具体的にその人物のどういった記憶なのか分からないのが現状だった。