生徒玄関に入ったところ、廊下に『何か』が通る気配があった。
 ハッキリと分からなかったが、地面に近い位置を、ゆっくり移動していたように見えた。
 恐る恐る、壁から廊下を覗き込んでみる。いない。枯葉でも舞ったのであろうか。でも、肝心の枯葉なんて見当たらないけど――。
「ミャア」
 すると、近くの教室のドア、黒いあいつがひょこっと飛び出てきた。
 マミだ。
「なんだ、お前か。久々だな、黒いの」
「ミャミャ」
 一ヶ月振りくらいであろうか。随分ご無沙汰だったマミは、変わらず気怠そうに鳴く。
 見てくれはほんの少しふっくらして、首輪の小さいトランクは不器用にちょっと空いている。
 あそこには何が入っているのだろう。
 マミはその首輪に付けられたトランクを揺らしながら、トコトコと奥の方へ歩いていく。
 後ろをついて行くと、見えたのは一階の一番端の教室。やけに変な位置にある家庭科調理室。マミはそこで止まる。
「ドア開けろってか」
 律儀に腰を下ろして僕の方を振り向く。
 早くお前が開けろ。と言わんばかりの形相をして、ゴロゴロ言いながら……けれど最後は欠伸。
 自由過ぎるな、本当。
「ほれ」
「……」
 しかも、開けてやったのに礼も言わない。
 可愛くねぇな、こいつ。
 調理室に入ったマミは、調理台の近くをグルグルと歩き回り始め、時々鼻を床につける。
 手掛かりをヒントに真相を追う探偵の如く、匂いを感じる場所を割り当てて、何かを探す。
「帰っていいか?」
「ミーミャ」
「お、通じた」
 僕は僕で暇なので机に座りながらストップウォッチを眺める。
 八時間四十分。
 意外に早く着いてしまったので一限の体育まで時間はある。
 ――少しくらいは付き合ってやるか、この猫に。
「ミャア」
「なになに、面白いもんでも見つけたの…………って、おい」
 僕らが勝手に持ち込んだであろう食材棚の下の方をゴソゴソまさぐり、マミはその正体を見つける。
 正体、かつお節。パックのヤツ。あと、二袋。
「あーはいはい」
 しかも、わざわざそいつを器用に口にくわえてこっちまで持って来る始末。
 なんだよ。自分で食いたいだけだったのか。
「でも、なんでかつお節あるんだっけ。普通に忘れた」
 それなりの理由があったのだろうけど、当時は当時、もう覚えてない。