「ああ、ヘリオトロープね。ハーブとしても有名だよ。バニラのいい匂いがするから、香水の原料にもなってる。花言葉は『夢中』。好きな人に送ってもらいたいよね」
「へぇ。結構使い道あるんだな、花って」
もうしばらく花談義に花を咲かせてもよかったが、このタイミングで腹が鳴った。ストップウォッチを見る。十九時間二十分。いつもなら夕飯を食べる時間だ。
「そろそろ何か食おうぜ。ファミレスとか向こうにあったし」
「あ、うん。そうだね。大分歩いたし、ガッツリしたカツ丼でも食べたいね」
「昨日食ったやんけ」
「忘れちゃったなぁ」
わざとらしく言いながら立ち上がり、店を出る。店先にはさっきの青色の花がポツンと置かれていて、どこか寂しげだ。
「……」
後から出てきた夢前がふと、その花を見て立ち止まる。少し思いにふけるような、懐かしむ表情をして、何やら両手を合わせる。
「失礼します」
そう言うと、いくつかの苗の一つを、サッと手で切り離した。持って帰るらしい。あの猫同様、お気に召したのだろうか。いや、雰囲気的にあまりそういう感じには見えなかったが……。
「そいつはなんて花だ?」
僕の問いに、しばらく両手に転がしたそれを夕陽にかざして、夢前は静かに呟くように告げる。
「…………忘れちゃったなぁ」
11
あれから三週間程の時間が経ったのだが、どうも夢前の様子が変だ。
ぼーっとする時間が増え、何かに思い馳せるような表情を浮かべる事が多くなった。
どうしたのか訊いてみても、ロクな返答は帰ってこないし、喋りたがらない。
近くにはいるのだけれど、ただ隣に居るだけ。付き添っているだけ。
以前のような心地よさは、疑念へと姿を変え始めている。
「おい、起きろ」
「…………」
「さっさと着替えてくれ。もう、朝飯食っちまったぞ」
「…………」
「先、行ってるからな」
「…………うん」
この調子で、必要な言葉しか話さない。
質問には首を縦横だけで答えるし、了解の意を示す時は全部「うん」の一言。その他、基本無言。
表情こそはあるが、殆ど人形と接してるみたいだ。
「おい、二度寝すんな」
「…………ねむいから」
「僕もそうだ。けど、学校サボる訳もいかないだろ」
毛布にくるまってしまう。要するにそんなの知らないって事だ。
「……ったく、遅刻でも来いよ」
「…………」
「へぇ。結構使い道あるんだな、花って」
もうしばらく花談義に花を咲かせてもよかったが、このタイミングで腹が鳴った。ストップウォッチを見る。十九時間二十分。いつもなら夕飯を食べる時間だ。
「そろそろ何か食おうぜ。ファミレスとか向こうにあったし」
「あ、うん。そうだね。大分歩いたし、ガッツリしたカツ丼でも食べたいね」
「昨日食ったやんけ」
「忘れちゃったなぁ」
わざとらしく言いながら立ち上がり、店を出る。店先にはさっきの青色の花がポツンと置かれていて、どこか寂しげだ。
「……」
後から出てきた夢前がふと、その花を見て立ち止まる。少し思いにふけるような、懐かしむ表情をして、何やら両手を合わせる。
「失礼します」
そう言うと、いくつかの苗の一つを、サッと手で切り離した。持って帰るらしい。あの猫同様、お気に召したのだろうか。いや、雰囲気的にあまりそういう感じには見えなかったが……。
「そいつはなんて花だ?」
僕の問いに、しばらく両手に転がしたそれを夕陽にかざして、夢前は静かに呟くように告げる。
「…………忘れちゃったなぁ」
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あれから三週間程の時間が経ったのだが、どうも夢前の様子が変だ。
ぼーっとする時間が増え、何かに思い馳せるような表情を浮かべる事が多くなった。
どうしたのか訊いてみても、ロクな返答は帰ってこないし、喋りたがらない。
近くにはいるのだけれど、ただ隣に居るだけ。付き添っているだけ。
以前のような心地よさは、疑念へと姿を変え始めている。
「おい、起きろ」
「…………」
「さっさと着替えてくれ。もう、朝飯食っちまったぞ」
「…………」
「先、行ってるからな」
「…………うん」
この調子で、必要な言葉しか話さない。
質問には首を縦横だけで答えるし、了解の意を示す時は全部「うん」の一言。その他、基本無言。
表情こそはあるが、殆ど人形と接してるみたいだ。
「おい、二度寝すんな」
「…………ねむいから」
「僕もそうだ。けど、学校サボる訳もいかないだろ」
毛布にくるまってしまう。要するにそんなの知らないって事だ。
「……ったく、遅刻でも来いよ」
「…………」