けれど、全体的に錆び付いていて、街中のあの温かい空気が無く、ひどく冷たい。冷え切っていると言ってもいい。
 別物だ。
「この街で何か起きたって事は、わたし達の『懐かしい記憶』にも何かあったんだよ、きっと」
「なんでそんなの分かるんだよ」
「思い出したんじゃない?」
「何を」
「さあ?」
「……」
 あっけからんとした様子で語る夢前。一体何を思い出したと言うのだ。
 この光景を気に留める事もなく、平然として、何を考えているんだ。
 僕には、分からない。
 分かってはいけない。
「で、どう? 兵悟さんはさ、駅に来れた訳だけど、何か思い出せたの?」
「……」
 正直に言って、ここは僕の記憶には存在しない駅だった。
 懐かしさはある。だが、それは自分たちの思い出があるが故に感じられるものでは無く、あくまで空気感の話だ。 古くさいと言った方が正しい。街頭テレビや、フォークソングなんかを知った時の、あのような感覚に近い。
 つまり、ここは僕らの場所とは『何か』が違う。
 僕は首を横に振り、寒気さえ覚えるこの空間から、早歩きでさっさと出る。
 どうやら夢前が後に続いて来た、合わせず構わず先に足を進めていく。
 出迎えた夕焼けすらも怪しい雰囲気だった。
 なんなんだ、この状況は。
「もー、わたしの周りの人ってなんで置いてきたがるの」
「猫は人じゃないだろ」
「一緒だよう、そんなの」
 唇を尖らせながらついて来ているであろうか。声が不服そうだったが、僕はそのままの速度で自転車を置いた場所を目指した。
「なあ、お前は何か感じなかったか? あの駅に」
 街中に入ったところでようやく後ろを振り返る。制服のスカートをのろのろ揺らしながら、少し駆け足で近づいて来る夢前がいる。
「そりゃー、急にあんな場所に居たからビックリしたよ」
「そうじゃなくてさ、もっとこう、空気感とか」
「んー、何回か来たような感じはあったな。実際にあの券売機とか改札とか待合室とか、使ったと思うし」
「……」
 僕が単純に忘れていているのだろう。そう思うのが正しい。
 思い出しに来たのはいいけど、結局思い出せなかった。あり得る話だ。
 だが、何故こんなにはっきりと、あの場所が自分の記憶に無いと断言でしまうのだ。