「どこだっけ。場所は覚えてないけど、割と前から知ってるよ」
「へえ。気づかんかった」
 毎秒夢前と行動を共にしている訳じゃないからな。どこかのタイミングで会ってたんだろう。けど、別に僕と接触しちゃまずいって事もないのに、よくも今まで見れなかったものだ。
「なんか、逢瀬してる男女って感じだ」
「おうせってなに?」
「こそこそ会うって事」
 まあ、お前とはそういう関係じゃないけどな。
「ふうん? いやね、隠すつもりはなくて、この子が兵悟さんに会いたがらないの。わたしが一人の時じゃないと現れなくて」
「夢前と会ってるところ見られたら僕に怒られるとか思ってるのかもな。人間みたいなヤツだ」
 近くにあったネコジャラシを引っこ抜き、黒猫の顔辺りに持っていく。しかし、「ミャア」と気怠く鳴いて明後日の方向を向かれた。
「まあ兵悟さんはそこまで独占欲強くないからね。寛容だもの」
「そりゃお前を独占してもな」
「ツンケンしてんなぁ。いいけどさあ」
「でさ、こいつ名前とかあんの」
「この子? マミちゃんって名付けた。真っ黒でミャアって鳴くからマミちゃん」
 その理屈だと、クミとかクロミでも良さそうな気がするけど、今更どうこう言うのも野暮ってもんだろう。僕もマミと呼ぶ事にしよう。
 それにしても、なんでいきなり現れたのか。このタイミングで出てくるだなんて、なんかこいつなりに思うところがあったのだろうか。街から出て行っちゃダメとか、逆にお見送りに来たとか。
 影から見てて、こいつなりに思うところが。
「気まぐれなんじゃない? 猫だもん。何となく来ただけだよ」
 僕からネコジャラシを取って、今度は夢前がマミにそれを近付ける。やっぱり明後日の方向を見た。
 ……と思ったら、ミャアミャア言って戯れだす。それを見て、夢前が手を伸ばしても全く嫌がる様子は無い。お互い分かり合ってる感がするのは僕だけだろうか。
「猫はね、昔から人を迷わせる動物なんだよ。それこそ気まぐれに、人を道から外させて、帰ってこれない場所まで誘ってしまうような、こわーいヤツなの。でもさ、勝手に迷ってるのは人間の方なんだよね。猫のせいにしてるだけで、全部人間の思い込みなの。猫はただ気まぐれてるだけ。本当にそれだけ」