一応こういうデオドラント的なのは気にしている。夢前は露骨に嫌がったりはしないだろうが、僕の気持ち的に良い気持ちというのはしない。
 ある種礼儀というか、マナーのようなものだ。
 守らないと守らないで、自分が落ち着かない。
 まあ、自己満足ってヤツだろう。
「……」
 隣にある夢前の体操着に目が行く。
 長い事ずっと一緒にいるけれど、あいつもまた、僕への礼儀やマナーのようなものを守って生きているのだろうか。その辺り、真面目に考えた事がない。
 そりゃ、ある程度は礼儀やマナーみたいなものは守ってるだろうけど、もっと個人的なそんなルールを。
「にしても、服屋の店員みたいなたたみ方だな」
 もしそれがあるとしたら、机の中も、ロッカーの中も、そんなあいつのルールは適用されているのだろうか。
 僕の見える範囲で、そうやって生きているだけなのだろうか。
 自由だし、あいつの勝手だ。
 ――けど。
 少し開いた夢前のバッグ。貸してくれたのと同じ制汗剤が雑把に何本か放り込んであるのが見えてしまう。
それ以上は考えるを辞めた。
「やば、チャイムだ」
 怒られる訳でもないのに、チャイムの音を機に手が早くなる。
 教科書と、筆箱を持って教室を急いで出て、廊下を一気に掛けて、階段を登る。
 何で焦ってるのか、自分でもよくわかってない。ただ、そうしなければいけないのが体の中に染み込んでいて、足を急がせている。
 音楽室の前に着く。防音扉を開けて、中に入った。
「はあ……」
 我ながら、馬鹿みたいだと思う。
 守る必要の無いルールに、マジなっているなんて、どうかしてる。
 けどさ。
「え、まだ体育やってたの? 別に走らなくてもよかったのに」
「……なんか」
「なんか?」
 もしそのルールも忘れたら、全部忘れてしまうと思うから。
「急がないといけない気がしてさ」
 こいつの事も、自分の事も。
 知らない間に、いつの間にか全て。
「なにそれ。意味わかんないよー」
「はは、意味わかんないな」
 それは嫌だ。
「あ、また汗かいちまった。臭かったらごめん」
「えー、エイトフォー貸した意味ないじゃん」
 だから、やっぱりこいつといる限りは、ルールに縛られてないとダメだ。
 もし僕の自己満足だろうが、なんだって。
「夢前って汗臭い男嫌い?」
「えー、そりゃねぇ」
 僕だけでも絶対、忘れないように。