「もっと可愛げがほしいなー」
「ゆめちゃん」
「なにさ、ひょーごくん」
 華麗に昔の呼び方をスルーされ、跳ね返ってくる。本当、今日は弄ばれてる感すごい。
 一応慣れてるんだけどここまで来ると悪意を感じる。
 アレか? そんなに走るの嫌なのか?
 あり得そうな理由だ。
「じゃ、グラウンド五周な」
 ストップウォッチを片手に、よーいドンの合図を図る。学校にいるときは基本的にチャイムを一時間ごとに鳴らしてるから要らないんだけど、これが無いと落ち着かなくなってしまった。
 それにほら、ストップウォッチを首から下げて走るなんて陸上部っぽいし、かっこいいじゃん。
「そうかな。走りづらそう」
 茶々を入れるなよ。
 
 ◇
 
 汗を拭きながら教室に着くと、夢前が先に着替えるからとこもってしまった為、僕は隣の教室で外を見ていた。
 別に、着替えを持って来てこっちですりゃいいんだけど、なんとなくそれは味気ない。
 違う場所でさっさと着替えて、淡々と授業を受けて、機械的に時間割をこなす……だなんて、一緒にいるのになんてつまらないだろう。
 僕らだけの、『常識』とか『社会』とか関係のないやり取り。
 他人からしたら、要領悪くて非効率的な行動でも、それが心地いい。
 夢前がしたいように、僕がしたいように。
 自分がしたいように。
 それがこの街での『常識』で『社会』。
「兵悟さん、黄昏ているところすいませんが終わりましたよ」
 声のする方に目を向けると、セーターを羽織った夢前が隣の窓から顔を出していた。さっきの前髪は汗で乱れてたのにちゃんと直っている。
「ああ。じゃ、制汗剤貸してくれ。せっけんの」
「うん。机に置いとくね」
 告げて、教室に戻る。
 意味の無い着替え場所の交代だが、これも慣れてしまっていて、今更この僕らの流れを変える気も無い。
「次、音楽だし先行ってるよ」
 入れ替わり、音楽室に向かう夢前を尻目に机の上にある着替えを取る。隣には綺麗にたたまれた体操着が置いてあって、そこに制汗剤が乗っている。
 体操着を脱いで、体に直接制汗剤をぶっ掛ける。冷たさとくすぐったさが同時に襲い、せっけんの爽やか匂いが辺りを包む。
 しっかり汗を拭いておかないとかえって匂いが混じる為、持って来たタオルでくまなく拭く。