毎朝学校に行くのは、生活リズムを整え、時間を忘れない為だ。
 誰もいないし、時間も気にする必要もない。となると、ただ何もせずに漠然と時を過ごしてしまいがちだが、それはまずい。
 この街の夕暮れは、優しく暖かい。そして、時を忘れさせてくれる。
 つまるところ、時間を感じる事をしないと、感じ方を忘れ、次第に肥大化し、ここに居る事すら忘れてしまう危険性があるという事だ。
 僕はそうなった人間を知っている。
 その人はこちらの事なんて忘れてしまっていたけど、僕は覚えている。
「思い出はもう充分楽しんだ」と言って、最後はずっと夕暮れを眺めて、次の日に消えた。
 確か出会って、三日分の時間だったが、それなりに話をして仲良くなったのに、その日にはすっかり忘れてどこかに行ってしまった。
 それがどこなのか。行ったらどうなってしまうのか。
 僕らには分からない。
 ただ、その人は街に来たばかりの僕らに言ったのだ。
『時間を忘れたら、全部忘れていく。全部忘れたら、もうこの街には帰って来ないところに向かう』
 と。
 だから、僕は大事なものを忘れない為に学校に行っている。
 自分達の恐らく通っていたであろう学校に、何をするでもなく、夢前の隣の席に座り、時間割に従って放課後まで過ごしている。
 それが、今僕らに出来る事なのだ。

 ◇

「一限は、確か体育だよな。持久走でいいか?」
 三年二組の教室。夕暮れが差し込み、年中放課後みたいな雰囲気を感じながら、時間割表を眺める。
 なぜか止まっている時計代わりの、二十四時間で一トラック回る設定にしたストップウォッチには八時間五十分の文字で、黒板の曜日は木曜日と書いてある。毎回、僕らが手動で書き直してるものだ。
 つまり、今日は金曜日だ。
 小さくなったチョークで曜日を書き換えて、席に着く。約三十名程の座席の窓際、それが僕らの席。
「持久走は飽きたよー、卓球とかにしてよー」
「走るの嫌いなだけだろ。つうか、卓球は先週やった」
「あらー、そうでしたっけ」
わざとらしくとぼけられる。なんかリアクションが古くさい。
「諦めて走ろうぜ。大丈夫、今日は一緒に走ってやっから」
「そう言って置いてくのは定番。もう、ちゃんと労ってね」
溜息を吐きながら、スカートを降ろす夢前。下に体操着を着ている為、特にドキドキもない。