お湯も火にかけてしばらく経たないと出来ないし、風呂に入らなければ垢も溜まる。髪だって伸びる。
 要は、僕らだけには時間が流れていて、この街には流れていないのだ。
 実に不可思議な話だろう。
 しかし、それよりも不可思議なのは、この街に居るとそんな事もどうでもよくなっていくところだ。
 いつからここに居るのか。
 何故ここに居るのか。
 他に誰か居ないのか。
 もし仮に、それらの答えを見つけても、何か変わる訳でもないし、望んでいる結果になる訳でもない。
 元の、僕らがここに来た時の場所へ戻りたいのかと訊かれれば、寧ろここに居たいくらいと答えるだろうし、そもそも元の場所なんてあるのかすらも、よく分かってない。
 いや、きっとあるのだろうけど、存在はするのだろうけど、どんな場所だったか覚えてない。
 ――忘れてしまった。
 そう言った方がいいのだろう。
 この街で過ごす『僕らの時間』は、着実に何かを忘れさせてくれて、優しく包み込んでくれる。
 心地よくて、気持ち良くて、いつまでだって居たいと思える。
 終わりなんて無い。やがて、その時が来るまで、好きにさせてくれる。
 街を出る日。その日が来るまで、ずっと。
 
 ◇
 
「今日、公園に行ってみよう」
 寝起きの夢前は、いつもよりも反応が遅い。だから、僕がそう提案してから随分間があった。
「……いいよ、けど、何しにいくの」
「何となくな。まあ、学校帰りにも寄ろうぜ」
「んー」
 群青色のシーツからのろのろと体を這い出して、櫛で髪を整える。でも、言われなきゃ分からないくらいにしか乱れてない。
 寝方に秘訣でもあるのであろうか。
「はい。兵悟さんのお好きな場所に」
 欠伸を一つして、ようやく布団から出る。見れば、枕元に板チョコが置いてある。
 おそらく昨日のだろう。
「ああ、冷蔵庫に入れるの億劫で、昨日ベッドにおきっぱなしにしちゃったの。朝ごはんにすればいいしとか思って」
 冷蔵庫は小型の物を置いてあるが、電源の関係でベッドから少し離れたところにある。
 早く寝たい気持ちから、そう思わなくもないが、さすがに面倒くさがりだろう。
 見えるとこは綺麗にしてるくせに、よく分からん。
「じゃ、さっさと支度すませてくれよ」
「うん。分かったー」
「あ、着替えくらい手伝ってやってもいいぞ」
「それは分からない」

 ◇