今の呼び方はもう慣れたけど、昔のってなると変にむず痒い。僕が何と呼ぼうが夢前は気にしなさそうだけど、今のひょーごくんで実感した。普段と違う呼び方は、恥ずい。
 呼ぶのも呼ばれるのも。
「ふふ。わたしの事、昔みたいに“ゆめちゃーん”って呼んでもいいんだよ」
 しかし、こいつはこの余裕の笑みである。さすがは"ゆめちゃん"僕なんかと全然ちげぇや。
「ふふ……にしてもよく覚えてたね、紙芝居。わたし言われなきゃ忘れてたよ」
 箸を置き、頬杖をして言う夢前。少し指を曲げた頬杖は、いつものスタイルだ。
「まあ、あの手の話は結構好きだったからな。特に"レッドマスク"はすげえ覚えてる」
「確か、将軍ナントカっていうのがラスボスなんだよね」
「"将軍ゴーゴン"な。"怪人オクトパシ"はその手下みたいなもんだよ。怪光線で何でも凍らせる」
「懐かしいー。ふふ、兵悟さん、本当に好きだったんだね」
 前のめりに語る僕に、楽しそうに笑いかけてくるのが心地良くて、ついつい話し過ぎてしまう。同じ思い出が分かるからこそ、夢前との昔話は好きだ。きっとそれが、どんなにつまらない話だって。
 しばし、紙芝居にどんな話があった盛り上がったところで、ふと、夢前が思い出したように言う。
「でもさ、どの話も最終回が来ないんだよね」
彼女にしては似合わなく、力なく笑って言葉を漏らす。開けられた一拍程の間が、なんだか長く感じられた。
「次の日になると、別の話になっててさ。昨日まで頑張ってた主人公もいなくなっててさ、『あれ?』ってなるんだけど、お話が始まればそんなのも忘れちゃってて――」
 別に、重い空気になっているのではない。ただ、夢前がそんなふうに話すのに、僕は少し戸惑ったのか、言葉が出なかった。
 明るくて、嫌な事があってもけろっとしている彼女に、『どう言葉を掛けたらいいのか分からない』とか『何をしてやればいいか分からない』という事なんて、今までなかった。
 単純に、それだけの話で、それだけなのに、なぜか、何も言えない。
 なんでだろう。夢前にこんな顔をされるのは――
「でさ、紙芝居のおじさんに訊いても結末は教えてくれないの。『ちゃんと最終回は来たよ』って言うってさ。おかしいよね、来てないのに……ねえ、覚えてる? あのおじさんの事」