ドアを開けたときに感じたのは、湿った冷たい海風と、口の中がじゃりじゃりしそうなくらいの塩臭さ。
それと、おもわず目を細めてしまうくらい眩しい、沈み欠けた太陽の日差しだった。
「きれいだね」
本当に子どもみたいに目を輝かせて、波と風の音にかき消されそうな声で菫さんは言った。これを見られただけでも、いっしょに来られて良かったと思えた。
立ち尽くして、おもわず目を細めてしまう。声も出ないくらいきれいで、僕はすかさずカメラを向けた。
でも海ではなく、彼女の横顔をカメラのフレームに収めた。
僕はその写真をディスプレイに映し出し、瞳の部分を拡大する。その瞳には、くっきりと景色が映し出されていた。
まるで、鏡みたいだった。
「こんなときも写真?」
振り向くと、菫さんはそよぐ髪を押さえ、にいっと唇の端を伸ばしていた。僕は小さく笑ってしまってから、また彼女にレンズを向けた。
手でも抑えきれないくらい強い風が吹いて、彼女の長い髪を細かく梳(と)いていく。
「こんなとき、だからですよ」
ぱしゃりとシャッターを切る。彼女は風向きとは反対を向いて微笑み、風に笑いかけているみたいだった。
被写界深度を開かなくても夕焼けが霞むくらい、彼女はひときわ輝いていた。
「寒いね」
菫さんは体を擦っていた。たしかに今日は風が強くて、天気予報でも今季最大の寒波だと言っていた。
僕はマフラーを外し、菫さんの首に回した。彼女は目を丸くしてから、首に巻かれたマフラーを握った。
「悪いよ。螢くんが冷えちゃう」
「大丈夫です。こう見えて、僕、暑がりなので」
マフラーを握り、さっきより強く縛る。すると彼女は目を瞬(しばたた)かせて、マフラーに口元を埋(うず)めた。「ありがと」と声を籠らせて、僕は海を見ながら「はい」とだけ言った。
菫さんは微笑み、僕と同じところを見据えて微笑む。
「なんだか、とても霞んで見えるね」
「冬(ふゆ)霞(がすみ)、ですね」
ぽつりと、声が漏れていた。菫さんは僕のほうを向いて、地平線で欠けている太陽のように目を細めた。
「どういう意味なの?」
「冬の朝とか、夕方に遠くの景色がぼやけて見えるので、俳句ではそういうふうに表現することが多いそうです」
僕は空をぼんやり見ながら言うと、ふふっと、小さな笑い声が聞えてくる。
「それも、中学生のときに知ったの?」
「それはもう、忘れてください」
唇の端を上げていて、僕はそっぽを向いて頬を掻いてしまう。けどとなりから笑い声が聞えてきて、僕もつられて笑ってしまった。
二人で、夕焼けをバックにツーショットをスマホで撮った。
再び会うようになってから、こういう写真を撮ることも多くなっていた。恥ずかしいから僕からあまり言うことはなくて、だいたい菫さんから誘ってくれる。
はあっと息を吐いた。ふわふわと、空に浮かぶ雲に溶け込むように登っていく。僕にも、この景色はとても澄んで見えていた。
でも、本当に季節のせいなのかなって、考えてみたりもしている。
もう一回、菫さんのほうを見る。すると彼女は顔を綻ばせて、僕はシャッターを切っていた。僕も気づけば、同じように笑っている気がする。
もしかしたら、理由はなんだって良いのかもしれない。
菫さんといっしょなら、どんな景色も透き通って見えるような、そんな気さえしてくるから。
それと、おもわず目を細めてしまうくらい眩しい、沈み欠けた太陽の日差しだった。
「きれいだね」
本当に子どもみたいに目を輝かせて、波と風の音にかき消されそうな声で菫さんは言った。これを見られただけでも、いっしょに来られて良かったと思えた。
立ち尽くして、おもわず目を細めてしまう。声も出ないくらいきれいで、僕はすかさずカメラを向けた。
でも海ではなく、彼女の横顔をカメラのフレームに収めた。
僕はその写真をディスプレイに映し出し、瞳の部分を拡大する。その瞳には、くっきりと景色が映し出されていた。
まるで、鏡みたいだった。
「こんなときも写真?」
振り向くと、菫さんはそよぐ髪を押さえ、にいっと唇の端を伸ばしていた。僕は小さく笑ってしまってから、また彼女にレンズを向けた。
手でも抑えきれないくらい強い風が吹いて、彼女の長い髪を細かく梳(と)いていく。
「こんなとき、だからですよ」
ぱしゃりとシャッターを切る。彼女は風向きとは反対を向いて微笑み、風に笑いかけているみたいだった。
被写界深度を開かなくても夕焼けが霞むくらい、彼女はひときわ輝いていた。
「寒いね」
菫さんは体を擦っていた。たしかに今日は風が強くて、天気予報でも今季最大の寒波だと言っていた。
僕はマフラーを外し、菫さんの首に回した。彼女は目を丸くしてから、首に巻かれたマフラーを握った。
「悪いよ。螢くんが冷えちゃう」
「大丈夫です。こう見えて、僕、暑がりなので」
マフラーを握り、さっきより強く縛る。すると彼女は目を瞬(しばたた)かせて、マフラーに口元を埋(うず)めた。「ありがと」と声を籠らせて、僕は海を見ながら「はい」とだけ言った。
菫さんは微笑み、僕と同じところを見据えて微笑む。
「なんだか、とても霞んで見えるね」
「冬(ふゆ)霞(がすみ)、ですね」
ぽつりと、声が漏れていた。菫さんは僕のほうを向いて、地平線で欠けている太陽のように目を細めた。
「どういう意味なの?」
「冬の朝とか、夕方に遠くの景色がぼやけて見えるので、俳句ではそういうふうに表現することが多いそうです」
僕は空をぼんやり見ながら言うと、ふふっと、小さな笑い声が聞えてくる。
「それも、中学生のときに知ったの?」
「それはもう、忘れてください」
唇の端を上げていて、僕はそっぽを向いて頬を掻いてしまう。けどとなりから笑い声が聞えてきて、僕もつられて笑ってしまった。
二人で、夕焼けをバックにツーショットをスマホで撮った。
再び会うようになってから、こういう写真を撮ることも多くなっていた。恥ずかしいから僕からあまり言うことはなくて、だいたい菫さんから誘ってくれる。
はあっと息を吐いた。ふわふわと、空に浮かぶ雲に溶け込むように登っていく。僕にも、この景色はとても澄んで見えていた。
でも、本当に季節のせいなのかなって、考えてみたりもしている。
もう一回、菫さんのほうを見る。すると彼女は顔を綻ばせて、僕はシャッターを切っていた。僕も気づけば、同じように笑っている気がする。
もしかしたら、理由はなんだって良いのかもしれない。
菫さんといっしょなら、どんな景色も透き通って見えるような、そんな気さえしてくるから。