ドアを潜れば、寒すぎるくらいの冷風と、古い本を蒸したような匂いがした。今日は蓮と図書室で待ち合わせをしていて、約束の十分前に着いた。
 大学なだけあって広い室内を進み、自習スペースに移動して奥のほうまで行くと、蓮はイヤホンをして勉強をしていた。声をかけても返事はなくて、肩を叩くと少し強張らせてからこっちを向いた。
「なんだ螢か」
「教えてあげるのに、それはひどいんじゃない?」
 苦笑を浮かべていると、からからと蓮は笑う。となりの椅子を引くと、そこには蓮のバックがあった。どうやら席を取っていてくれたようで、そのために早く来てくれていたんだろう。
「席、ありがと」
 そう言って座り、トートバックの中からペンケースを出していると、「ははっ」と横から噴き出したような笑い声が聞えた。横を向いて首を傾げていると、蓮はペンを走らせながら口を切った。
「螢のそういうところ、ほんと良いよな」
「どういうこと?」
「そういう素直なこと、言えないからさ、俺には」
 蓮は口元を緩めてこっちを見てから、また手を進めた。僕も課題をしながらも、さっきの蓮の言葉が引っかかっていた。
 ああ言っていたけど、蓮も普段からしっかりとお礼は言ってくれる。だいたいそんなこともできないような人が、人気者になれるわけがないのかもしれない。
 ただ、茶化してきただけなんだろうか。
 その可能性が高いけど、頭の片隅では違うような気もしていた。
 最初のほうは僕が教えていたけど、そのあとはずっと個々で進めていた。この様子だと、自分で解決しちゃったのかもしれない。
 だったら、昨日でも良かったんではないか。
 そう感じつつも、聞くことはできないけど。
 それからもわざわざ今日にした理由が分からないまま、時間は過ぎていった。
 蓮からお礼に奢ってもらったカフェラテを飲みながら腕時計を見遣ると、かなりの時間ぶっ続けでやっていることに気づいて、少し休むことにした。
 スマホをいじっていると振動して、なにかと思って見れば、ニュースアプリの通知だった。内容を見ると、僕は眉を顰めてしまった。
『植物病』の患者が亡くなった、という報道だった。
 この言葉を目にしたり耳にしたりする機会が、年々、増えている。
 それには、わけがあった。
 植物病というのは、かなり稀な病気で、一万人に一人の確率で発症すると言われている。発症すると、本当に少しずつ睡眠時間が長くなっていくという。数年、数十年も経っていくと、その障害は明確になって。
 そして、最終的には植物状態になってしまう。
 その状態から目覚めた患者は、たったの一人もいないらしい。この病気は後天性で、未だに完治させる方法は見つかっていない。そのため、入院生活による延命を余儀なくされる。
 この病気が発見されてから、日本でも安楽死が法的に認められた、とニュース番組で知った。
 他にも、まるでおとぎ話のようとか、もっとも美しい死にかたとか、炎上した発言もあった結果、『植物病』は日本でとても有名な病になっていったらしい。
 だからなにかと報道されていて、必ずと言って良いほど、『植物病』を知らずにはいられないような状況だった。