黒歴史のようなその話は、私にはなんの記憶もない。自分のこととして聞くとあまりの羞恥に丸焦げになりそうな話だ。だけど日下部くんは、ずっと真面目な──なんなら少し怒ったような顔で、話を続けていく。
「やらかした俺が悪いですし、怒られるのは仕方ないって思っていました。でもあなたがそう言ってくれたことで、この人はちゃんと他人のことをよく見ている人なんだな、って思って──それがきっかけです、きっと」
日下部くんは一気にそこまで話して、肩で息をした。
「普段の仕事ではそれ以降、あんまり話す機会がなくて――でも、水澤さんには俺のことをもっと知ってほしくなってしまって。だから同じマンションに住んでるって知った時はすごく嬉しかった。同時に無防備なあなたが心配になって、あんな約束をしたんです。ちゃんとそれを守って、頼ってもらえるのが嬉しかった。俺の好きな場所に一緒に行って、その景色を隣で見ることができて、全部全部楽しかった。……幸せでした」
「私……私も、同じことを思ってたの。日下部くんと一緒に見たものは全部好きだったし、綺麗だと思った。もっと一緒にそういうものを見たいなって思ってたの。星も月も、紅葉も、海も、全部全部、日下部くんと見たから楽しかったんだと思う」
これからもっと、一緒にいてもいいですか。
絞りだすような彼の問いに大きくうなずくと、日下部くんは安心したように大きく息を吐いた。
「今日の夜、ここで言おうって決めていたんです」
「そうだったんだ」
「あのブラウニーを食べた時から決めていました。冗談半分で言ってあんな本気を見せられたら、応えないわけにいかないじゃないですか」
「……なんか、まんまと嵌められた気分だよ」
「水澤さんが鈍いのが悪いんですよ。自分でもわかりやすいなっていう自覚はあったんですけど」
「今思えば、納得できる場面はたくさんあるけどね。当時は日下部くんが私のことを好きだなんて、考えたこともなかったのよ」
「まあいいですけど。そういうところも含めて好きなので」
さらりと放たれた言葉に、身体がかあっと熱くなる。日下部くんはそんな私の顔を見て、いたずらっ子のようににやりと笑った。
「ほら、また可愛い顔になった」
「か、からかわないで」
思わず日下部くんに向かって手が出たけれど、ひらりと躱すように彼はブランコから立ち上がった。そして、私のほうに手を差し出す。
「いったん帰って、もう少し夜が深くなったら、またここに来ましょうよ。新月だから月は見えないけれど、その分星が良く見えるはずです」
「……うん」
差し出された手を取って、私は立ち上がった。つないだ手はしっかりからめられて、指の一本一本から彼の温度が伝わってくる。陽が沈んで肌寒くなってきたはずなのに、私はずっとあたたかさだけを感じていた。
Fin.
「やらかした俺が悪いですし、怒られるのは仕方ないって思っていました。でもあなたがそう言ってくれたことで、この人はちゃんと他人のことをよく見ている人なんだな、って思って──それがきっかけです、きっと」
日下部くんは一気にそこまで話して、肩で息をした。
「普段の仕事ではそれ以降、あんまり話す機会がなくて――でも、水澤さんには俺のことをもっと知ってほしくなってしまって。だから同じマンションに住んでるって知った時はすごく嬉しかった。同時に無防備なあなたが心配になって、あんな約束をしたんです。ちゃんとそれを守って、頼ってもらえるのが嬉しかった。俺の好きな場所に一緒に行って、その景色を隣で見ることができて、全部全部楽しかった。……幸せでした」
「私……私も、同じことを思ってたの。日下部くんと一緒に見たものは全部好きだったし、綺麗だと思った。もっと一緒にそういうものを見たいなって思ってたの。星も月も、紅葉も、海も、全部全部、日下部くんと見たから楽しかったんだと思う」
これからもっと、一緒にいてもいいですか。
絞りだすような彼の問いに大きくうなずくと、日下部くんは安心したように大きく息を吐いた。
「今日の夜、ここで言おうって決めていたんです」
「そうだったんだ」
「あのブラウニーを食べた時から決めていました。冗談半分で言ってあんな本気を見せられたら、応えないわけにいかないじゃないですか」
「……なんか、まんまと嵌められた気分だよ」
「水澤さんが鈍いのが悪いんですよ。自分でもわかりやすいなっていう自覚はあったんですけど」
「今思えば、納得できる場面はたくさんあるけどね。当時は日下部くんが私のことを好きだなんて、考えたこともなかったのよ」
「まあいいですけど。そういうところも含めて好きなので」
さらりと放たれた言葉に、身体がかあっと熱くなる。日下部くんはそんな私の顔を見て、いたずらっ子のようににやりと笑った。
「ほら、また可愛い顔になった」
「か、からかわないで」
思わず日下部くんに向かって手が出たけれど、ひらりと躱すように彼はブランコから立ち上がった。そして、私のほうに手を差し出す。
「いったん帰って、もう少し夜が深くなったら、またここに来ましょうよ。新月だから月は見えないけれど、その分星が良く見えるはずです」
「……うん」
差し出された手を取って、私は立ち上がった。つないだ手はしっかりからめられて、指の一本一本から彼の温度が伝わってくる。陽が沈んで肌寒くなってきたはずなのに、私はずっとあたたかさだけを感じていた。
Fin.