「ってことで、取り敢えず、お疲れ様ー」
 夜の居酒屋の喧騒に、かちん、と三つのグラスがぶつかる音がする。
「小熊さん、さすがですね。おめでとうございます」
「ありがとう。日下部も良かったよ。惜しかったな、二人とも」
 コンテストは滞りなく終了し、小熊さんは見事五位入賞を果たしたのだ。私はしくじりこそしなかったものの、結局力及ばず。審査員の役員にはあと一歩だったとほめられたけれど、結果にならなかったのだからそんな慰めは意味がない。
 日下部くんも入賞を逃し、目標達成はならなかったけれど、やり切った気持ちよさは確かに感じていた。
 そして今は、宿泊先のホテルに荷物を置いて、街中でお疲れ会を始めたところだ。明日はコンテスト参加者向けの講習会があるので、それに参加してから帰社する予定だ。
「まあ、反省会は各々やっただろうし、リフレッシュしようか。このメンツで飲むなんて珍しいしな」
「そうですね。でも、本当にいい経験になりました」
「電話応対って仕事の基本ですしね。参加できてよかったです」
 グラスを重ねながら、話題はころころ変わっていく。三杯目のレモンサワーを頼んだ時にふと、小熊さんの左手に光るものを見つけた。
 ――指輪?
 左手の薬指。一般的にはほかと比べてひときわ特別な意味を持つその指に、シンプルなリングが嵌まっている。今までそんなものを付けているところは見たことがないし、コンテストの時だって無かった。
 どういうことだろう。
「水澤? どうかしたか?」
「あ、いえ……何でもないです」
「そうか? まあいいや。で、水澤はどうなんだ?」
「どうって……」
「彼氏とかいないのかって話。入社した時はいたよな、確か」
 どくんと身体の奥が鈍い音を立てた。指輪に気づいた瞬間にそんな話が回ってくるなんて。
「あー……今はいないですよ。その時の彼氏と別れてからはずっといません」
「そうなんだ? 水澤みたいな子は、モテると思ってたけどな」
「そんなことないですよ」
 小熊さんはどうなんですか?
そう訊いてみたい気持ちでいっぱいだ。でも、今それを聞いて平気な顔で、この席に居続ける自信はない。
「お手洗い、行ってきます」
 視線を不自然に泳がせたまま、私はそう言って席を立った。化粧室の洗面台の鏡に映った自分の顔は、想像以上に酷い。