「私、本当は誰かを好きになるのがもう怖かった。誰かを好きになって、その人とずっと幸せに過ごしていける自信がなかったの。愛するって言葉がどういう意味なのかも分からなかった。本当は今もまだ、よくわからないよ。でも……でも、わたしはずっと日下部くんと一緒にいたいと思うし、……日下部くんの隣で過ごす夜がいちばん好き」
 昨日あれだけ考えていたのに、いざ言葉にしようとすると支離滅裂になってしまう。けれど、日下部くんは笑うことも目をそらすこともせずに、じっと私の言葉を聞いてくれた。
 日下部くんはわたしの言葉を噛みしめるように眼差しを鋭くして、口を開いた。昼間に海を見ながら話した時のような柔らかな口調ではなく、強く、まるで叫びのような声だった。
「俺だって自信なんかありません。水澤さんのことを全て知っているわけじゃないから、いつか ぶつかることもあると思いますし、もしかしたら苦しめてしまうかもしれません。でも、こんなに自分のことを知ってもらいたいと思ったのはあなたが初めてなんです」
「……日下部くん」
「最初は偶然からの始まりでしたけど、水澤さんと一緒に新しい景色を見ることが好きになっていきました。そして、今まであまり人に話せていなかった自分のことももっと知って欲しくて、あなたを色んなところに誘ったんです。水澤さんのことももっと聞きたかったけれど、全然話してくれないからもどかしくて──そう思ってたら、いきなりこんなド直球、投げないでくださいよ」
「ド直球って……」
「ずっと好きだったんですよ、俺。水澤さんのこと。──あの日、この公園で会う前から、です」
「え」
 予想外の告白に、思わず固まった。──あの日よりも前から?
「その様子だと水澤さんは覚えていないんでしょうけど、俺、昔水澤さんに救われたんですよ」
「救われた? 私、何かしたかな」
「……確か二年くらい前だったと思いますけど、俺、めちゃくちゃ調子が悪かった時期があったんです。大学時代の恩師が事故に遭って、しばらく命の危機だった時で」
 そう言われても、全くぴんとこない。日下部くんはわたしの理解度を完全に無視して話を進めた。
「ある時、大きいミスをして部長に大目玉食らったんですよね。その時にフォローしてくれたのが水澤さんでした」
「……そんなこと、あったっけ」
「本当に覚えてないんですね……そうだろうとは思ってましたけど。──その時、水澤さんが部長に文句を言ってくれたんですよね。『普段ミスしない人がこんなことになったら、普通何かあったのか気にするもんじゃないですか? なんで大声で怒鳴ることしかしないんですか? それで何か解決しますか?』って。その後、ミスした業務もフォローしてくれて」
「全く記憶にないけど、それを私が部長に叫んだんでしょ。すっごい恥ずかしいんですけど」
「でも俺は、その言葉に救われたんです」