いつのまにか雪の日が減り、寒さが緩んできた。コートとブーツを少し軽いものに変えると、心まで軽やかになる。冬から春にだんだんと移り変わってゆく時期が好きだ。
 バレンタイン以降、天気のいい日にまた二人で外に出るようになった。以前のようにたわいもないメッセージのやり取りをしたり、電話で話したりする日々が戻ってきたのが嬉しくて、毎日携帯の画面を見ては頬が緩んでしまう。
 ただ、日下部くんは何も言ってこなかった。私だってきちんと告白をしたわけではないから、何もなくたって全く不思議ではない。でも、あの時「このままで十分」と思って踏み出さなかった一歩を後悔するようになっていた。
 物足りない。もっと近くなりたい。
 日下部くんを独占したいし、されたい。
 その思いは少しずつ大きくなっていった。三センチ手を動かせば触れられるのに、それをためらってしまう今の距離感がつまらない。
 でも、欲しいと思うのと同時に、姉夫婦と話したときの言葉が何度も脳裏によみがえってくる。私はまだ、愛とか幸せの答えを見つけることができていない。
 今抱いている日下部くんへの想いはただの独占欲で、愛なんて呼べるものではないんじゃないかと思うし、彼を幸せにするとか、彼となら幸せに過ごせるとか、そういうビジョンも見えない。
 自分でわかっている気持ちは、日下部くんの隣にいて、彼の笑顔をもっと見たいということだけだ。
 電車の窓から見える景色が、川面になる。少し先には、何度も日下部くんが運転する車で一緒に渡った水色の橋が見える。助手席に乗って、ただ流れる景色を眺めて音楽を聴きながら過ごすあの時間が心地よくて好きだ。
 思えばいつから私は、彼のことを好きになっていたのだろう。きっかけもわからない。接触回数が多いと好きになりやすいと聞いたことがあるけれど、そういうことなのだろうか。いつの間に私は、彼に惹かれていたのだろう。
 電車を降りると、高校生の集団が寂しそうな表情で歩いている。どうやら今日が卒業式のようだ。もうそんな時期なんだなと思うと同時に、一年の早さを実感した。
「おはようございます」
 オフィスに入ると、私の部署にはまだ誰もいなかった。隣の島の人たちに挨拶をしながらデスクに着くと、次にやってきたのは日下部くんだった。声が聞こえただけで胸の奥が疼いてしまう。
「水澤さん、おはようございます」
「おはよう」
 普段なら、これだけしか交わさない。だけど今日は違った。日下部くんは私のところまでやってきて、小声で話しかけてきた。