会計を済ませて改札へ向かう。まだ落ち着かない心が暴れている。自分の恋心を他人に知られることの恥ずかしさや気まずさに襲われて、なかなか平常心に戻れなかった。やっぱり、早起きしてでも電車でちゃんと通ったほうがいいのかもしれない。本間くんだからよかったものの、他の人に見られて周りに吹聴されたりするのは嫌だ。
 電車に乗り込んだ瞬間、日下部くんから連絡がきた。
〈明日の朝はどうしますか? 今晩から降る予報ですけど〉
 天気が荒れそうな日の前日は、いつもこうして連絡をくれる。私は彼に甘えてばかりだ。
〈これからはやっぱり、ちゃんと電車で行くようにするよ。会社の人に見られてたみたいだし。変に噂になるのは嫌だしね〉
 送信してから、あまりにもストレートすぎただろうかと不安になる。まるで日下部くんと噂になりたくないと言っているようにも聞こえる。後悔している間に、日下部くんから返信が送られてきた。
〈そういうことであれば、俺も無理にとは言いません。でもまた困ったら言ってくださいね〉
 あっさりと承諾されたことにほっとしつつ、どこか寂しさも覚えてしまう。こうして感情が頻繁に上下するたびに、私は日下部くんのことが好きなのだと実感する。
 家の最寄り駅に着いて改札を抜けたとき、見覚えのある後ろ姿に気づいた。胸の奥がざわざわする。エスカレーターの後ろからそっと横顔を確認すると――案の定、梨花ちゃんだった。
 二か月前にも彼女を見かけたことを思い出す。あの時は日下部くんと一緒に歩いていた。きっと今日も彼女は、彼の部屋にこのまま行くのだろう。少し距離をとって、彼女に気づかれないように後ろを歩いていると、まるでストーカーになったような気分になる。それでも、――もし彼女が日下部くんを好きで、仲を縮めるためにこうして来ているのであれば、私に気づかれるのは気まずいはずだ。ついさっき身を以って感じたことだ。
 少し回り道をしてマンションに到着する。すでに梨花ちゃんの姿はなかったけれど、エレベーターが三階に止まっていることからも自分の予想が当たっていることはわかった。
 また、心の中にぐるぐると黒いものが渦巻きそうになる。
 彼女が日下部くんの部屋に遊びに行っているのは何度目なのだろう。あの迷いのない足取りからして、二か月前と今日だけではないのだろうという予想はつく。そういうことばかり考える自分も嫌だ。
 そもそも私と日下部くんの間に特別な関係なんてない。だから誰と何をしてたって、私がとやかく言えない。わかっている。
 頭ではわかっていても、心は思い通りにはいかないのだけれど。