「最近さ、日下部と一緒に出勤してるでしょ。何、どういう関係?」
 ――頭が真っ白になった。
「え――な、何の話」
「動揺しすぎじゃない? やっぱりなんかあるんだ」
 本間くんは楽しそうに笑っている。人に見られていたことにショックを隠せずにいると、彼は大丈夫だよ、と肩を叩いてきた。
「別に誰にも言ってないし。他に気づいてる人がいるのかどうかは知らないけど、多分大丈夫じゃないかな。噂になってたりするわけじゃないし」
「そっか……」
 ほっと安堵のため息をつく様子を見て、本間くんはさらに畳みかけてくる。
「で、水澤はあいつのことが好きなの?」
「……!」
 人は咄嗟のことにうまくリアクションできるものではない。それが隠したいことであればあるほど、見透かされたショックは大きいものだ。
 私は半泣きになりながら本間くんの顔を見上げた。本間くんの爽やかな微笑みは変わることがない。図星かあ、と、おもちゃを見つけた子どものような声で彼は楽しそうにしている。
「安心しなよ。俺、そういう話を他人に広めるほど悪趣味じゃないよ」
「すでに本人を目の前にして面白がってる人にそんなこと言われても、説得力を微塵も感じられません」
「だーいじょうぶだって。約束するよ。――応援してるし」
 最後の一言で、急に声が優しくなった。いたずらっ子のようだった目元が穏やかになって、私の思っていることを全て見透かされているような感覚になる。
「そのことに気づいてから、あの時言われたセリフが良く分かったんだ。夜空が似合う人って日下部のことだったんだね。納得した」
 そう言われて、私はあのころから日下部くんに惹かれていたのだと思い知らされた。気づかないうちに芽生えて大きくなって、気づいた時にはもう手遅れ。それに翻弄されるしかないのだ。恋心というものは本当に厄介だ。
「確かに、日下部と並んでいるほうがぴったりだと思ったんだ。なんだかしっくりくるっていうか。二人が一緒にいるところを見て、勝てないなって思った」
「そんな――」
「幸せになってね」
 本間くんのシンプルな一言が、胸の奥にずんと響いた。未だに答えの見つからない「幸せ」のかたちは、いったいどんなものだろう。
「俺も幸せになるから。水澤に負けないくらい」
「……うん」
「また何かあったら、話も聞くしさ。じゃあな」
「ありがとう。またね」
 駅のほうへ消えていく本間くんの背中を見送って、私は大きく息を吐いた。久しぶりの会話がこんな話になるなんて、あまりにも心臓に悪い。