しばらく散策して、早いけれど植物園に向かうことにした。施設自体が初めての場所なので、せっかくだし昼間の様子も見ましょうよ、という日下部くんの提案だった。思ったより広い施設内には案外人が多かった。
「はぐれないでくださいよ」
「平気よ。子どもじゃないんだから」
「出張の時に迷子になりそうだったのは誰ですか。説得力ないですよ」
 からかうように日下部くんが少し笑った。ふわっと崩れたその目元に心臓が高鳴る。
「あ、あれは別に迷子とかじゃ……人ごみに流されかけただけだよ」
「じゃあなおさら危ないじゃないですか。手でも繋いでおきますか」
「なっ……」
 挑発するような口調に、頬がかっと熱くなった。結構です、と勢いで拒否して、呼吸を落ち着けた。
 やがてだんだんと陽が落ちて、四時ちょうどに園内のイルミネーションが点灯した。一気に鮮やかに輝きだした景色が眩しい。周りの家族連れやカップルも、わあっと声を上げて一斉に盛り上がっている。
「すごい……」
 チープな感想しか出てこないけれど、今まで見たどのイルミネーションよりも綺麗だった。意地を張らずに来てよかった、と心から思う。隣に立つ日下部くんの横顔が、その光に照らされていて、瞳がきらきらとイルミネーションを反射していた。
 園内をゆっくり一周して、景色を目に焼き付けた。胸が苦しくなるほど幻想的な光景はあっという間に暗い空に覆われて、その美しさをより際立たせた。
「見に来てよかった。日下部くん、ありがとう」
「俺も来れてよかったです。やっぱり写真じゃなくて、実際に見に来たほうが何倍も綺麗ですね」
 そう呟いて振り向いた日下部くんの指先がふいに触れて、反射的に手を引っ込める。動揺したことを悟られてしまったかと一瞬不安に思ったけれど、彼の様子は全く変わっていない。
「そろそろ帰ろうか。寒くなってきたし」
 真っ暗になった空には相変わらず雲が多いけれど、ところどころに星のきらめきが見えた。さっき触れた指先の冷たい温度が、まだ残っている。



 翌朝。窓の外には、珍しく青空が広がっていた。空には白い月が浮かんでいる。私はその写真を撮って、日下部くんに送った。
〈ねえ、朝から月が見えるよ〉
〈俺もちょうど起きて見つけました。日中の月って、クラゲみたいな感じがしますよね〉
 日下部くんが送ってきた感想は、自分でもずっと抱いていたのと同じだった。そのことがまた嬉しくて、胸の奥がうずく。
〈また、天気のいい時に夜空を見に行こうね〉
 思い切って、しばらくご無沙汰な夜のお出かけを誘う。天気が良くて月が見える日がいつになるかはわからないけれど、夜を一緒に共有したいのは彼だけだ。
〈はい。また行きましょう。楽しみにしてますね〉