「そういえば、水澤さんの誕生日っていつですか？ 前にプレゼントもらったのに、まだお返ししてないですけど」
日下部くんのその言葉で思い出した。もうすぐ誕生日――またひとつ、歳を重ねてしまう日が近づいていることを。
もうこの歳になると、学生のころのように誕生日が待ち遠しかったり、楽しかったりすることはない。二十歳になるときには大学の友人たちと盛大に祝いあったりもしたけれど、就職してからは普段通りの日だ。帰りにちょっと奮発してケーキを買い、一人で食べるだけの日……。
「誕生日ね、来週なんだ。今の今まですっかり忘れてたけど」
「なんで教えてくれなかったんですか。お祝いしますよ」
「別にいいよ、そんな嬉しいもんでもないし、もう」
「……じゃあせめて、今日この後は水澤さんの行きたいところに行きますので。決めてください」
「えっ」
急にそんなことを言われても、ぱっと出てくるものでもない。欲しいものもないし、このあたりで行きたいところなんて思い浮かばない。
「ちょ、ちょっと考えさせて。ここを出るまでには決める」
運ばれてきたランチを食べながら、頭をフル回転させる。冬に水族館……というのもなんだか違う気がするし、芸術を嗜む素養も持ち合わせていない。
ああ、でも、冬に行きたいところなら、――日下部くんとなら、やっぱりイルミネーションを見たかった。
閉じていた想いの蓋が開いてしまう。でもきっと、彼はクリスマスに誰かと行っているのだ。おそらく、好きな子を誘って。
そんな相手を、今更イルミネーションに誘うなんて無粋な真似はしたくない。
欲望と理性に挟まれて悶々としていると、窓の外を見つめていた日下部くんが口を開いた。
「ここもライトアップされてたんですね」
振り向くと、確かに通りのあちこちに電飾が飾られていた。昼間だけど曇っているので、その灯りがひときわきらめいて見える。
「でも、植物園のイルミネーションに比べたらかわいいものでしょ」
「確かにあそこのライトアップの写真は綺麗ですよね」
その話し方に違和感を覚えた。
「日下部くん、誰かと見に行ったんじゃなかったの？」
「え？ 行ってないですよ。誘おうとしたら断られてしまったので」
平然とそう暴露する彼の表情に、嘘は全く見えない。――やっぱり、梨花ちゃんとは何もなかったのか。
ただの思い込み、早とちりだったことに気が付いて、一気に恥ずかしくなった。勝手にあれこれ考えて馬鹿みたいだ。
「あ、そうだったんだ……てっきり、クリスマスにでも行ったもんだと思ってた。私も行ったことないから、興味はあったんだけど」
「――じゃあ、このあと行きますか？ ぎりぎり今週末までやってるみたいですし、見に行きましょうよ」
一瞬、何か違う言葉を言いかけたような気がしたけれど気のせいだろうか。日下部くんの顔を見ると、相変わらずのいつもと同じ表情でコーヒーを飲んでいた。
「……うん。行きたい」
本当は行きたかった。半月以上押し殺していた気持ちをゆっくりと膨らませてみる。イルミネーションを見に行きたかったし、行くなら日下部くんと行きたかった。ずっと見ないようにしてきたけれど、もう目をそらしたりしない。素直になるんだ。
「じゃあ、決定ですね。四時からみたいなので、それまでは適当に時間つぶして行きましょう」
「うん、そうだね。神社に戻って公園でも散策しない？ 高校生ぶりに来たから懐かしくて」
カフェを出て、神社に戻る。隣接している公園は時期になれば蓮の花が咲いて綺麗なのだけれど、あいにく今の時期はうっすら被った雪景色だけが広がっている。雪吊りをされた木々が可愛らしい。
「初めて来ました、ここ。こんなに広いんですね」
「そうだよー。高校のときは近くだったから、たまに来てたんだ」
「こういうところが近くにあるっていいですね」
久しぶりに、日下部くんと穏やかな時間を過ごしている。指先が触れそうなくらい近くにいるけれど、手を繋ごうとしたりはしない。今はこの距離でいい。
触れないけれど、一番近くにいる。
今の私にとっては、これで十分に幸せだ。もっと近づきたいとか、告白して付き合いたいとか、今はそこまで思わない。一緒に過ごす時間をもっと重ねていきたい。
自覚すると、どんどん想いがあふれてくる。もう誰かと結ばれているのだろうとか、他の子を好きなんだろう、と思っていた不安が杞憂に終わって、ようやく私は彼を好きだという感情を抑え込まなくていいのだと思えた。
だからといって彼が私に想いの矢印を向けてくれるのかというとそういう話ではないので、ただ舞い上がっているだけと言われればそれまでなのだけれど。
日下部くんのその言葉で思い出した。もうすぐ誕生日――またひとつ、歳を重ねてしまう日が近づいていることを。
もうこの歳になると、学生のころのように誕生日が待ち遠しかったり、楽しかったりすることはない。二十歳になるときには大学の友人たちと盛大に祝いあったりもしたけれど、就職してからは普段通りの日だ。帰りにちょっと奮発してケーキを買い、一人で食べるだけの日……。
「誕生日ね、来週なんだ。今の今まですっかり忘れてたけど」
「なんで教えてくれなかったんですか。お祝いしますよ」
「別にいいよ、そんな嬉しいもんでもないし、もう」
「……じゃあせめて、今日この後は水澤さんの行きたいところに行きますので。決めてください」
「えっ」
急にそんなことを言われても、ぱっと出てくるものでもない。欲しいものもないし、このあたりで行きたいところなんて思い浮かばない。
「ちょ、ちょっと考えさせて。ここを出るまでには決める」
運ばれてきたランチを食べながら、頭をフル回転させる。冬に水族館……というのもなんだか違う気がするし、芸術を嗜む素養も持ち合わせていない。
ああ、でも、冬に行きたいところなら、――日下部くんとなら、やっぱりイルミネーションを見たかった。
閉じていた想いの蓋が開いてしまう。でもきっと、彼はクリスマスに誰かと行っているのだ。おそらく、好きな子を誘って。
そんな相手を、今更イルミネーションに誘うなんて無粋な真似はしたくない。
欲望と理性に挟まれて悶々としていると、窓の外を見つめていた日下部くんが口を開いた。
「ここもライトアップされてたんですね」
振り向くと、確かに通りのあちこちに電飾が飾られていた。昼間だけど曇っているので、その灯りがひときわきらめいて見える。
「でも、植物園のイルミネーションに比べたらかわいいものでしょ」
「確かにあそこのライトアップの写真は綺麗ですよね」
その話し方に違和感を覚えた。
「日下部くん、誰かと見に行ったんじゃなかったの？」
「え？ 行ってないですよ。誘おうとしたら断られてしまったので」
平然とそう暴露する彼の表情に、嘘は全く見えない。――やっぱり、梨花ちゃんとは何もなかったのか。
ただの思い込み、早とちりだったことに気が付いて、一気に恥ずかしくなった。勝手にあれこれ考えて馬鹿みたいだ。
「あ、そうだったんだ……てっきり、クリスマスにでも行ったもんだと思ってた。私も行ったことないから、興味はあったんだけど」
「――じゃあ、このあと行きますか？ ぎりぎり今週末までやってるみたいですし、見に行きましょうよ」
一瞬、何か違う言葉を言いかけたような気がしたけれど気のせいだろうか。日下部くんの顔を見ると、相変わらずのいつもと同じ表情でコーヒーを飲んでいた。
「……うん。行きたい」
本当は行きたかった。半月以上押し殺していた気持ちをゆっくりと膨らませてみる。イルミネーションを見に行きたかったし、行くなら日下部くんと行きたかった。ずっと見ないようにしてきたけれど、もう目をそらしたりしない。素直になるんだ。
「じゃあ、決定ですね。四時からみたいなので、それまでは適当に時間つぶして行きましょう」
「うん、そうだね。神社に戻って公園でも散策しない？ 高校生ぶりに来たから懐かしくて」
カフェを出て、神社に戻る。隣接している公園は時期になれば蓮の花が咲いて綺麗なのだけれど、あいにく今の時期はうっすら被った雪景色だけが広がっている。雪吊りをされた木々が可愛らしい。
「初めて来ました、ここ。こんなに広いんですね」
「そうだよー。高校のときは近くだったから、たまに来てたんだ」
「こういうところが近くにあるっていいですね」
久しぶりに、日下部くんと穏やかな時間を過ごしている。指先が触れそうなくらい近くにいるけれど、手を繋ごうとしたりはしない。今はこの距離でいい。
触れないけれど、一番近くにいる。
今の私にとっては、これで十分に幸せだ。もっと近づきたいとか、告白して付き合いたいとか、今はそこまで思わない。一緒に過ごす時間をもっと重ねていきたい。
自覚すると、どんどん想いがあふれてくる。もう誰かと結ばれているのだろうとか、他の子を好きなんだろう、と思っていた不安が杞憂に終わって、ようやく私は彼を好きだという感情を抑え込まなくていいのだと思えた。
だからといって彼が私に想いの矢印を向けてくれるのかというとそういう話ではないので、ただ舞い上がっているだけと言われればそれまでなのだけれど。
