新潟の冬は、ずっと曇っているから嫌いだ。数えるほどしか晴れないし、そのせいで月を見ることもできない。年末の満月の夜も大雪だった。今年はちゃんとたくさん雪が降ってよかったねえ、と、スキー場に勤める親戚は話していたけれど、降り積もる白い雪を見ているとまるで心にも積もってくるようで、また泣きそうになったので、たいして興味のない年末特番をずっと眺めていた。
少しだけ残業して、七時ごろに会社を出ると、ちらちらと雪が舞っていた。鞄から折りたたみ傘を出そうとすると、ふと手元に影が落ちた。
「水澤さん、お疲れ様です」
「……日下部くん」
紺色の大きな傘が、私の頭上に傾けられていた。日下部くんは真っすぐに私の目を見下ろしてくる。その視線に耐えられなくて、目をそらしてしまった。
「信号故障で電車が止まってるみたいです。一緒に帰りませんか」
「……そうなんだ」
じゃあ、なんて簡単にその申し出に甘えられるほど、私の心は穏やかではない。しばらく個人的なコミュニケーションを一切断ってきたところに、三十分近く狭い車の中で一緒に過ごすシチュエーションはあまりにも過酷だ。けれど、電車が動いていないのなら他に帰る手段はない。
「風邪ひきますよ。行きましょう」
「あ……うん」
私は諦めて、彼の車の助手席に乗り込んだ。何度も乗っているのに、妙な緊張に襲われる。携帯を見ると、確かに運休の通知が来ていた。
車の中は静かだった。いつもの音楽だけがやけに綺麗に聞こえた。窓の外を眺めながらその歌詞を追うと、愛だの恋だのが耳触りの良い言葉で並べ立てられていた。家までの道は帰宅ラッシュで少し混んでいて、普段よりも時間がかかった――きっとそれは気のせいではない。
「初詣とか行きましたか」
先に言葉を発したのは日下部くんのほうだった。彼の横顔は真っすぐにフロントガラスの向こうを見ている。今年は正月の真っただ中に母が体調を崩し、付き添いで留守番を買って出たので、初詣に行きそびれてしまっていた。
「ううん……行かなかったな」
「俺も行ってないんですよね。ちょっと遅いですけど、次の土日にでも一緒に行きませんか」
「……なんで?」
思わずそう呟いてしまう。その言葉に、日下部くんは息をのんだ。
「……なんでって、行きたいから誘ってるだけですけど」
「変わってるね」
当然のような口ぶりで返事をする彼の空気に、点きそうになった火が吹き消された。
梨花ちゃんとの関係とか、なんで私と出かけることに執着しているのかとか、聞きたいことがなくなったわけじゃない。でも彼は、少なくともどこかに行くなら私と一緒に行きたい、と思ってくれている。
その気持ちは素直に嬉しかった。
少しのもやもやを残しながらも、結局その週末に遅刻気味の初詣に行くことが決まってしまった。てっきり梨花ちゃんと関係が進んだものだと思っていたのに、私を誘うということは少なくとも二人は付き合ったりはしていないのだろう。誘われたから行くだけだ、と誰に対してなのかわからない言い訳を心の中で繰り広げながら、その日は久しぶりに朝まで深く眠れたのだった。
少しだけ残業して、七時ごろに会社を出ると、ちらちらと雪が舞っていた。鞄から折りたたみ傘を出そうとすると、ふと手元に影が落ちた。
「水澤さん、お疲れ様です」
「……日下部くん」
紺色の大きな傘が、私の頭上に傾けられていた。日下部くんは真っすぐに私の目を見下ろしてくる。その視線に耐えられなくて、目をそらしてしまった。
「信号故障で電車が止まってるみたいです。一緒に帰りませんか」
「……そうなんだ」
じゃあ、なんて簡単にその申し出に甘えられるほど、私の心は穏やかではない。しばらく個人的なコミュニケーションを一切断ってきたところに、三十分近く狭い車の中で一緒に過ごすシチュエーションはあまりにも過酷だ。けれど、電車が動いていないのなら他に帰る手段はない。
「風邪ひきますよ。行きましょう」
「あ……うん」
私は諦めて、彼の車の助手席に乗り込んだ。何度も乗っているのに、妙な緊張に襲われる。携帯を見ると、確かに運休の通知が来ていた。
車の中は静かだった。いつもの音楽だけがやけに綺麗に聞こえた。窓の外を眺めながらその歌詞を追うと、愛だの恋だのが耳触りの良い言葉で並べ立てられていた。家までの道は帰宅ラッシュで少し混んでいて、普段よりも時間がかかった――きっとそれは気のせいではない。
「初詣とか行きましたか」
先に言葉を発したのは日下部くんのほうだった。彼の横顔は真っすぐにフロントガラスの向こうを見ている。今年は正月の真っただ中に母が体調を崩し、付き添いで留守番を買って出たので、初詣に行きそびれてしまっていた。
「ううん……行かなかったな」
「俺も行ってないんですよね。ちょっと遅いですけど、次の土日にでも一緒に行きませんか」
「……なんで?」
思わずそう呟いてしまう。その言葉に、日下部くんは息をのんだ。
「……なんでって、行きたいから誘ってるだけですけど」
「変わってるね」
当然のような口ぶりで返事をする彼の空気に、点きそうになった火が吹き消された。
梨花ちゃんとの関係とか、なんで私と出かけることに執着しているのかとか、聞きたいことがなくなったわけじゃない。でも彼は、少なくともどこかに行くなら私と一緒に行きたい、と思ってくれている。
その気持ちは素直に嬉しかった。
少しのもやもやを残しながらも、結局その週末に遅刻気味の初詣に行くことが決まってしまった。てっきり梨花ちゃんと関係が進んだものだと思っていたのに、私を誘うということは少なくとも二人は付き合ったりはしていないのだろう。誘われたから行くだけだ、と誰に対してなのかわからない言い訳を心の中で繰り広げながら、その日は久しぶりに朝まで深く眠れたのだった。