二日間ほとんど何も食べていないせいで、さすがにおなかが空いた。のろのろと外に出る支度をして、寝ていないせいでコンディションが最悪の顔をマスクでごまかす。外は相変わらず曇りだった。
 そんな状態で外に出ると会いたくない人に会ってしまうもので、コンビニに入ると日下部くんを見つけてしまった。気づいた時にはもう遅かった。日下部くんも私に気づいて、化粧もせず酷い顔をしている私に近づいてきた。
「水澤さん?」
「……久しぶり」
 好きな人に会いたくないなんて思うものなのだろうか。普通は会いたくて仕方ないんじゃないか。今にも帰りたくてしょうがない自分の心が不思議だ。それともやっぱり私は日下部くんのことなんて好きじゃなくて、勘違いしてしまっているだけなんじゃないか――
「どうしたんですか。風邪でも引きましたか」
 本気で心配してくる日下部くんの言葉に、胸の奥が小さく鳴った。やっぱり私は、間違いなく彼のことが好きなのだ。こんな言葉一つで揺さぶられてしまう。
「ううん、風邪じゃない、けど、ちょっと眠れなくて」
「大丈夫ですか。顔色、めちゃくちゃ悪いですよ。ちゃんとご飯食べて寝てください。不眠なら医者にかかったほうがいいかもしれませんけど」
 真面目に私のことを案じてくれるその言葉が嬉しい。後ろ向きな暗い気持ちしかなかった心の中に、少しだけ灯りがともったようだ。
「ありがとう。なんとか寝られるように頑張るよ」
「頑張ったら逆効果な気もしますけど……寝られないなら電話でも付き合いますから」
 嬉しい気持ちと、ちくちくした痛みが同時に心に芽生える。お世辞や社交辞令じゃない言葉だと信じたいけれど、今の私は素直にそれを受け取ることができない。ありがとう、とだけ言って、私はレジに向かった。
 苦しくて仕方ない。こんなに明るい気持ちになれない恋は初めてで、どう向き合ったらいいのかまるでわからない。
 冬の昼間は短い。コンビニを出ると、さっきまで夕暮れだった空の色がもう暗く染まっていた。
帰ってから報道番組を垂れ流しながらほおばったサンドイッチは、全く味がしなかった。何をする気にもなれず、そのままお風呂に入ってベッドにもぐりこむ。
自分の気持ちと向き合う、って実際どうしたらいいのだろうか。みんなどうやって、自分の感情とうまく付き合っているのだろう。自分のことのはずなのに、何一つうまくできない自分に嫌気がさす。
知らぬ間に寝落ちしていたらしく、気が付けば朝だった。クマと肌荒れに無理やり化粧を乗せて、仕事に向かう。いつもならしないようなミスをして課長に怒られながら、なんとか一日の業務が終わる。
「水澤さん、大丈夫ですか? すっごい調子悪そうですけど」
「そうかな……平気だよ。ありがとう」
 帰り際、梨花ちゃんに声をかけられて、自分でも驚くぐらいに低い声が出てしまったことを反省した。まるで八つ当たりだ。別に誰も悪くないのに。
「今日一日ずーっとしんどそうだったもんね。ちゃんと寝なよ?」
「あ、みやじ……じゃなくって、中井さん。お疲れ様です」
「旧姓でも構わないよ。お疲れ、西村ちゃん」
 帰ろうか、と、皐月は三人での退社を当然のように先導した。夏の一件以降、この二人はかなり仲良くなっている。