またトンネルに入って、窓の外は真っ暗な壁しか見えない。特有の走行音を聞きながら、小熊さんの寝顔を横目で盗み見た。成人男性のくせにかわいい寝顔をしていて、そのまま見つめてしまう。ぼんやりとしていたせいで、その奥で目を覚ましたもう一人の存在に気付かなかった。
「ものすごい見つめてるじゃないですか」
「わっ⁉」
 ばくばくと、さっき小熊さんと距離が近づいた時とは違う音で心臓が飛び跳ねる。私が声を上げたせいで、真ん中で熟睡していた小熊さんも目を覚ましてしまった。
「何? どうかした?」
「いえ、何でもありません。起こしてしまってすみません」
「何もないならいいよ。まだ東京まで一時間以上あるし、もうひと眠りするね」
 かすれた声でそう言って、小熊さんは再び目を閉じた。しばらくして、すうすうと穏やかな寝息が聞こえてくる。寝つきが早いのも才能の一つだな、と、その穏やかで規則正しいリズムに安堵する。。
「ほら、水澤さんが騒ぐから、起きちゃったじゃないですか」
「誰のせいよ」
「俺は別に、変なこと言ったつもりはないんですけどね」
 俺も寝ます、と、日下部くんもさっさと寝る体制に入ってしまった。また一人取り残されてしまったけれど、私は寝る気分にはなれない。
 日下部くんに、恋の相手がばれてしまった。
 単純にからかわれただけかもしれないけれど、あの動揺の仕方ではわかるだろう。
 やってしまった、という後悔と羞恥心が頭のてっぺんから心臓のあたりまで駆け下りてきて、行き場のない感情を誤魔化すように窓ガラスにごつんと頭をぶつけた。
 日下部くんとの関係が、どんどん変な方向に進展していく。いや、彼自身が面倒かというとそういうわけではない、と思うのだけれど、付加された条件がわたしにとって厄介になっている。
 四月のあの日から、彼と個人的には会っていない。あんな約束をされて安易に彼を頼るほど私たちはまだ仲良くないと思っているし、かといって一人で外にいるところをまた見られたら余計面倒なことになるのはわかっている。あの日から私は、どんなに夜空が綺麗でもベランダで我慢していた。
 そもそも、彼がいきなりあんな約束をさせようとしてきた理由もわからない。ろくに話したこともない会社の先輩に、夜中に出歩くなら自分を呼べ、なんて、普通言うだろうか。そのくせ、職場でも今までと変わらない程度のコミュニケーションしか取らないし、向こうから連絡してくることもない。何のためにあんなことを言ったのか理解できないのだ。
 冷たい窓ガラスの温度で、頭が徐々に冷えていく。いつの間にか県境も超えて、窓の外が都会らしさを増していた。
 やがて、新幹線は東京駅のホームに滑り込んだ。見慣れない数の人の群れに、ほかの二人とはぐれそうになる。
「水澤。こっち」
 ぐい、と、手首を掴まれて引き寄せられる。小熊さんは呆れたように笑いながら、その手を離した。
「出張で迷子なんて洒落にならないからな、勘弁してくれよ」
「迷子なんて、なりませんから」
「どうだか。一番危ないと思ってるよ」
 けらけら笑いながら、小熊さんは私から離れないように気を遣ってくれているのがわかる。その優しさが嬉しくて、胸の奥がぎゅうっと締め付けられる。
「お二人とも、遅いですよ。振り返ったらいないから焦りました」
「悪い、水澤が迷子になってて」
「なってません!」