このゴンドラは山の中を三十分ほどかけて進んでいくもので、前後左右、そして眼下にその景色を楽しめるというものだ。普通の紅葉狩りとは違う角度からゆったりと紅葉を楽しめるので、観光客には人気のスポットになっている。
しばらく待って、ゴンドラに乗り込む。アップダウンを繰り返しながらゆっくりと流れる景色を見て、日下部くんは表情を緩ませた。どうやら気に入ってもらえたようだ。場所によってはもう散り始めてしまっているけれど、まだ十分に綺麗だ。
「紅葉をこんな高さから見下ろすなんてあんまりないから、楽しいよね」
「ですね。来てよかったです」
いつもより少し熱を帯びた声と、柔らかく崩れる目元。正面から真っすぐとらえてしまって、思わず焦る。心臓が飛び跳ねたのがわかった。それをごまかすように私は携帯を取り出して、窓越しの紅葉の絨毯を写真に収めることにした。
八人乗りのゴンドラには他のグループも同乗していた。年配の夫婦が二組と、さっき歩いているときに見かけたカップルだ。ちょうど後ろ側に座るそのカップルは無邪気にお互いの身体を寄せ合いながら、眼下の景色にはしゃいでいる。。隣に座るご夫婦は、窓際に座る奥さんの写真を撮る旦那さんが楽しそうだ。もう一組のご夫婦はガイドブックを二人で見ながら、小さな声で会話をして盛り上がっている。肩を寄せ合ってゼロ距離になっているその後ろ姿に、やたらとどきどきしてしまった。
やがてゴンドラは山頂の駅に到着した。少し散策して、帰りはロープウェイで降りることにする。山頂にあるレストランに入り、一息つくと、撮影した写真の自慢大会になった。
「見てくださいよ。すごく綺麗に撮れてると思いません?」
「それなら私のこの写真だって負けてないかなー。 湖まで入るとそのコントラストがすごく良いんだよね」
「ああ、わかります。俺もそこが好きです」
写真を見せあいながら昼食を済ませ、ロープウェイまでの道のりを歩き始める。今日の日下部くんはなんだかやけにテンションが高いように思えて話しかけると、そうですか? と、全く自覚していなかった様子で少し照れて見せた。
「昔、祖父と見に行ったきりだったんです」
「おじいちゃんと?」
「俺、ものすごいじいちゃん子で。小学三年のときに一緒に紅葉狩りに連れて行ってもらったんですけど、そのあとすぐに病気して、あっという間に弱って……それっきり、じいちゃんのこと思い出してしまうから、紅葉の時期が苦手だったんです」
話しているうちにくだけた言い方になったあたり、本当におじいちゃんのことが大好きだったんだろう。横顔はいつになく泣きそうな儚さを纏っている。それがあまりにも美しく見えて、言葉がうまく出てこなくなった。
「じゃあ、どうして今年は……」
「――なんででしょうね。でも、もう一五年以上経って、大人になったし、……水澤さんとなら見に行けそうだなって思って」
ぶわっと風が大きく駆け抜けた。眉尻が柔らかく下がって、緩やかに微笑む日下部くんの表情に、また胸がかき乱される。
「……な、なに言ってるの。別に私、ただの先輩じゃない」
反射的にそう返すと、日下部くんの空気が一瞬冷え込んだ。何か間違ったのだろうか、と顔を上げると、さっきまでの柔らかい表情はもう消えていた。いつもの何を考えているのかわからないような顔だ。
「――そうですね。不思議ですね」
不自然な間の後の声は硬かった。
どうしよう。何か機嫌を損ねてしまったようだということはわかるけれど、その理由がわからない。焦る私を置いて、日下部くんはさっさと坂道を上がっていってしまう。もうそのあとに話しかけても、さっき見せてくれたような表情を見ることはかなわなかった。
しばらく待って、ゴンドラに乗り込む。アップダウンを繰り返しながらゆっくりと流れる景色を見て、日下部くんは表情を緩ませた。どうやら気に入ってもらえたようだ。場所によってはもう散り始めてしまっているけれど、まだ十分に綺麗だ。
「紅葉をこんな高さから見下ろすなんてあんまりないから、楽しいよね」
「ですね。来てよかったです」
いつもより少し熱を帯びた声と、柔らかく崩れる目元。正面から真っすぐとらえてしまって、思わず焦る。心臓が飛び跳ねたのがわかった。それをごまかすように私は携帯を取り出して、窓越しの紅葉の絨毯を写真に収めることにした。
八人乗りのゴンドラには他のグループも同乗していた。年配の夫婦が二組と、さっき歩いているときに見かけたカップルだ。ちょうど後ろ側に座るそのカップルは無邪気にお互いの身体を寄せ合いながら、眼下の景色にはしゃいでいる。。隣に座るご夫婦は、窓際に座る奥さんの写真を撮る旦那さんが楽しそうだ。もう一組のご夫婦はガイドブックを二人で見ながら、小さな声で会話をして盛り上がっている。肩を寄せ合ってゼロ距離になっているその後ろ姿に、やたらとどきどきしてしまった。
やがてゴンドラは山頂の駅に到着した。少し散策して、帰りはロープウェイで降りることにする。山頂にあるレストランに入り、一息つくと、撮影した写真の自慢大会になった。
「見てくださいよ。すごく綺麗に撮れてると思いません?」
「それなら私のこの写真だって負けてないかなー。 湖まで入るとそのコントラストがすごく良いんだよね」
「ああ、わかります。俺もそこが好きです」
写真を見せあいながら昼食を済ませ、ロープウェイまでの道のりを歩き始める。今日の日下部くんはなんだかやけにテンションが高いように思えて話しかけると、そうですか? と、全く自覚していなかった様子で少し照れて見せた。
「昔、祖父と見に行ったきりだったんです」
「おじいちゃんと?」
「俺、ものすごいじいちゃん子で。小学三年のときに一緒に紅葉狩りに連れて行ってもらったんですけど、そのあとすぐに病気して、あっという間に弱って……それっきり、じいちゃんのこと思い出してしまうから、紅葉の時期が苦手だったんです」
話しているうちにくだけた言い方になったあたり、本当におじいちゃんのことが大好きだったんだろう。横顔はいつになく泣きそうな儚さを纏っている。それがあまりにも美しく見えて、言葉がうまく出てこなくなった。
「じゃあ、どうして今年は……」
「――なんででしょうね。でも、もう一五年以上経って、大人になったし、……水澤さんとなら見に行けそうだなって思って」
ぶわっと風が大きく駆け抜けた。眉尻が柔らかく下がって、緩やかに微笑む日下部くんの表情に、また胸がかき乱される。
「……な、なに言ってるの。別に私、ただの先輩じゃない」
反射的にそう返すと、日下部くんの空気が一瞬冷え込んだ。何か間違ったのだろうか、と顔を上げると、さっきまでの柔らかい表情はもう消えていた。いつもの何を考えているのかわからないような顔だ。
「――そうですね。不思議ですね」
不自然な間の後の声は硬かった。
どうしよう。何か機嫌を損ねてしまったようだということはわかるけれど、その理由がわからない。焦る私を置いて、日下部くんはさっさと坂道を上がっていってしまう。もうそのあとに話しかけても、さっき見せてくれたような表情を見ることはかなわなかった。