暴漢のトラウマもようやく癒え始めたころには、景色はすっかり秋色に染まってきていた。十一月最初の休日、私は日下部くんの助手席に乗って、高速道路を走っていた。行先は私の地元、湯沢町だ。高速道路の両脇が秋色に染まっている。見ごろは逃したけれど、今だって十分楽しめるだろう。
「かなり混んでるんだろうなあ……覚悟だけはしておいてね。毎年ツアー客とかものすごいから」
「そんなにですか」
「チケット売り場なんか大混雑よ」
車窓は山と田んぼばかりだ。長岡を少し過ぎたところにある大きなサービスエリアでコーヒーを買って日下部くんに渡す。そのあたたかい紙コップを両手で包み込む様は、まるで餌をもらった小動物のようだ。再び走り出す車内には、流行りの心地よい音楽が流れていた。
車を持っていないから、帰省はいつも新幹線だ。そのルートとは少し違うところを通って、車で地元のほうに戻るのは新鮮に感じる。
「湯沢で降りたら、水澤さんのご親戚がいるホテルに行ったらいいんですよね」
「うん。インターから五分くらいかな。ちょっと面倒だけど」
「いえ。おかげでチケット代はタダで行けるんですから」
叔父に紅葉の様子を訊いたところ、ちょうど貰い物の招待券があるから使いなさい、という話になったのだ。今日は勤務日だからホテルにいるよ、と暗に職場に来させる連絡の仕方をしてくるあたりはさすが支配人といったところだ。どうせケーキでも食べていけと、ラウンジに通されるのだろう。
やがて高速道路を降りて、ホテルに到着する。何度か来たことがあるので、従業員とも顔見知りだ。ドアマンもいつもの年配の男性だった。会釈をしてロビーに入ると、ちょうどベルデスクに叔父が待ち構えていた。
「久しぶり、叔父さん」
「待ちくたびれたよ。あれ、一人なのか?」
さりげなくラウンジに誘導しようとする叔父を笑顔で静止して頷く。日下部くんは車で待機中だ。
「車で待ってもらってるの。――ケーキなら帰りに寄るよ、今日なんか混んでるだろうから先に行っちゃいたいの」
「それもそうだな。道も混んでいるだろうし、気を付けて行ってくるんだよ。また夕方に待ってるから」
私の予想は的中したらしい。叔父は笑いながら封筒を渡してくれた。受け取って、これまたいつものラウンジのお姉さんにも会釈をして車に戻る。温泉街から少し離れて標高の高いところに建つこのホテルからは、周りの山並みが綺麗に見える。