「水澤、緊張してる?」
「してます……」
「日下部は平気そうだな」
「全く緊張してないですね。むしろ楽しみです」
新幹線に三人横並びで座って、向かう先は東京だ。MAXときの指定席は二階席、しかも窓際なので晴天の田園風景がよく見えるのだけれど、私にそんな景色を楽しむ余裕はない。
今回の東京出張の目的は、社内の電話応対コンテストだ。ゴールデンウィーク中だけど、後日代休がもらえるらしいから、ちょっと得した気分だ。
昨年度中に立候補と推薦で出場者が決まっていて、私のほかに二人いるという話は聞いていたけれど、まさか小熊さんと日下部くんだったなんて。二週間前に一緒に練習を始めるまで知らなかった。
隣に座る小熊さんが、私に飴を差し出してきた。
「大丈夫だって。練習の時も上手かったし、固くなりすぎなければ平気だよ」
「が、頑張ります……」
そもそも東京の本社に行くのもいつぶりかというくらいに久しぶりで、社長の顔も昨日入社当時の資料を引っ張り出してきて復習したところだ。冬のうちから本社のコンクール担当の人とは何度も練習してきたし、普段の仕事だって電話応対ばかりなのだから今更緊張する必要もないとは思うけれど、本番に強いタイプではないし、不安は残る。
「田植えも終わって、いい景色だよなあ。今の時期の田んぼが一番好きだな」
「空が田んぼに映って綺麗ですよね」
緊張というものを知らないらしい男性二人は、私越しに窓の外を高速で流れる田んぼにはしゃいでいる。少し身を乗り出した小熊さんの顔が近づいて、私の心臓は一瞬、脈の打ち方を忘れた。
「ああ、トンネル入っちゃった」
小熊さんは残念そうに呟いて、座席に姿勢を直した。止めていた息を静かに吐いて、私は鞄からコンテスト用に準備してきた資料を取りだした。小熊さんと一緒に出張に行くことに浮かれてはいけない。推薦してくれた同期と上司のためにも、結果を出さなくちゃいけないのだから。
しばらく集中して資料を見ながら脳内シミュレーションを続けていると、新幹線はトンネルを抜け、久しぶりの日差しが差し込んできた。初夏の鮮やかな緑が眩しい。山を突き抜けて、反対の海側の大都会に出るために三時間もかからないなんて、現代は便利だ。
ふと、さっきまでにぎやかだった隣が静かになっていることに気づいて、私は視線を向けた。
「……寝てるし」
男性二人は揃って瞼を閉じていた。去年もコンテストに参加している小熊さんはともかく、私と同じく初参加のはずの日下部くんは随分と肝が据わっている。なんだか気が抜けて、私はそれまでにらめっこしていた資料を鞄にしまった。