「震えるほど怖いなら、今日はうちにいてもらっても構わないので。落ち着くまで好きにいてくださいね」
「でも……」
「あんなふうに震えてた人を、そうやすやすと一人の部屋に帰せませんから。寝られなくたって、一人でいるよりはましでしょう」
日下部くんが言っていることはもっともだった。急に押し倒され、抵抗できない状態にされた恐怖は、時間が経つごとにじわじわと私の心に浸み込んでいた。正直に言えば一人になりたくない。
「……着替えだけ、取りに行きたいから、あとで一緒に来てくれない?」
「わかりました」
冷める前にとココアを飲み干して一息つく。明日は仕事だし、夜のうちに心をリセットしなくてはいけない。――けれど、今は誰かにそばにいてもらいたい。一人になりたくなかった。
日下部くんについてきてもらって、着替えや必要な道具を一式部屋から持ち出した。彼の部屋に戻り、半ば強制的に風呂に入らされた。
「のぞいたりしませんので、ゆっくりしてきてください」
少し毒のある彼の言い回しが、今は心地いい。傷にシャワーが染みるのを耐えながら、湯船に浸かると、再びあの瞬間のことがフラッシュバックした。
私があの男を見たのは今日が初めてだったけれど、ずっと狙われていたのだろうか。聞いた話から考えればおそらく、たまたま人気のないところでターゲット候補になる相手を見つけたというだけなのだろうが、どうしても思考が良くないほうへ傾いてしまう。考えるのをやめたくても、後から襲ってくる恐怖は消えてはくれない。
これ以上一人でいたら、どんどん怖いことばかり考えてしまいそうだ。結局私は、早々に風呂を上がってしまった。
「早かったですね」
「傷にしみちゃって」
誤魔化して笑って見せると、そうですか、と無表情に返事をするだけだ。そのまま彼も浴室へ向かって行った。ソファの正面のテレビからは、にぎやかなバラエティ番組が流れていた。
擦りむいたところは三か所だった。手のひらと肘、膝の絆創膏を貼り替えて、全くトークの流れについていけていないテレビ番組に目を向けた。それと同時に浴室のドアが開く。
「早いね」
「一人だと寂しいかと思って」
冗談半分のつもりで言ったのだろうけれど、それはまさに私の本音だった。私の分の布団を準備してくれている間、どちらも無言だった。今日の沈黙はずと気まずい。
「疲れたでしょう。早いですけど、もう電気消してしまいましょうか」
「……気を遣わせてごめんね」
「だから謝るのはなしです。俺だっていやいややってるわけじゃないんだから」
「そっか。……ありがとう」
「合格です。さ、寝ましょうか。俺も疲れました」
ダウンライトだけを残して、室内の灯りが落ちた。敷いてもらった布団に潜り込むと、すぐ隣に日下部くんがいるという安心感で力が抜けた。
「明日は俺の車に乗って行ってくださいね。帰りはどうなるかわかりませんけど」
「ありがとう。甘え続けるわけにもいかないし、帰りはちゃんと自分で帰るよ」
「……無理はしないでくださいね。もうあんな光景、見るのはごめんですから」
「うん、ありがとう」
おやすみなさい、という彼の声を聞いたのと同時に、私はあっさりと眠りに沈んでいった。
「でも……」
「あんなふうに震えてた人を、そうやすやすと一人の部屋に帰せませんから。寝られなくたって、一人でいるよりはましでしょう」
日下部くんが言っていることはもっともだった。急に押し倒され、抵抗できない状態にされた恐怖は、時間が経つごとにじわじわと私の心に浸み込んでいた。正直に言えば一人になりたくない。
「……着替えだけ、取りに行きたいから、あとで一緒に来てくれない?」
「わかりました」
冷める前にとココアを飲み干して一息つく。明日は仕事だし、夜のうちに心をリセットしなくてはいけない。――けれど、今は誰かにそばにいてもらいたい。一人になりたくなかった。
日下部くんについてきてもらって、着替えや必要な道具を一式部屋から持ち出した。彼の部屋に戻り、半ば強制的に風呂に入らされた。
「のぞいたりしませんので、ゆっくりしてきてください」
少し毒のある彼の言い回しが、今は心地いい。傷にシャワーが染みるのを耐えながら、湯船に浸かると、再びあの瞬間のことがフラッシュバックした。
私があの男を見たのは今日が初めてだったけれど、ずっと狙われていたのだろうか。聞いた話から考えればおそらく、たまたま人気のないところでターゲット候補になる相手を見つけたというだけなのだろうが、どうしても思考が良くないほうへ傾いてしまう。考えるのをやめたくても、後から襲ってくる恐怖は消えてはくれない。
これ以上一人でいたら、どんどん怖いことばかり考えてしまいそうだ。結局私は、早々に風呂を上がってしまった。
「早かったですね」
「傷にしみちゃって」
誤魔化して笑って見せると、そうですか、と無表情に返事をするだけだ。そのまま彼も浴室へ向かって行った。ソファの正面のテレビからは、にぎやかなバラエティ番組が流れていた。
擦りむいたところは三か所だった。手のひらと肘、膝の絆創膏を貼り替えて、全くトークの流れについていけていないテレビ番組に目を向けた。それと同時に浴室のドアが開く。
「早いね」
「一人だと寂しいかと思って」
冗談半分のつもりで言ったのだろうけれど、それはまさに私の本音だった。私の分の布団を準備してくれている間、どちらも無言だった。今日の沈黙はずと気まずい。
「疲れたでしょう。早いですけど、もう電気消してしまいましょうか」
「……気を遣わせてごめんね」
「だから謝るのはなしです。俺だっていやいややってるわけじゃないんだから」
「そっか。……ありがとう」
「合格です。さ、寝ましょうか。俺も疲れました」
ダウンライトだけを残して、室内の灯りが落ちた。敷いてもらった布団に潜り込むと、すぐ隣に日下部くんがいるという安心感で力が抜けた。
「明日は俺の車に乗って行ってくださいね。帰りはどうなるかわかりませんけど」
「ありがとう。甘え続けるわけにもいかないし、帰りはちゃんと自分で帰るよ」
「……無理はしないでくださいね。もうあんな光景、見るのはごめんですから」
「うん、ありがとう」
おやすみなさい、という彼の声を聞いたのと同時に、私はあっさりと眠りに沈んでいった。